第9話 星に願いを。-09
遠藤樹梨は、立花さんの通報によって駆けつけてきた警察に身柄を拘束された。
僕の家の前は数台のパトカーと何人もの警官で埋め尽くされ、何事かと集まるご近所さんたちで騒然としていた。
「遠藤さん」
すっかり大人しくなった遠藤樹梨の背中に、立花さんが声をかけた。遠藤樹梨は振り向かない。
「先程のあなたには話し合いの余地が全くないように感じたのであのような形になってしまいました。ごめんなさい。ですから、明日、今度はちゃんと話し合うために、あなたに会いに行きます。あなたがわかってくれるまで、自分の犯した間違いに気が付くまで、毎日行きます」
立花さんの言葉に、遠藤樹梨がゆっくりとこちらを向いた。絶望一色の顔だった。自分をぼこぼこにした女が自分に会いに毎日訪ねてくる。その恐怖は犯人であっても同情せざるを得なかった。くそ真面目もここまでくると恐ろしい。
遠藤樹梨はきっともう僕に関わることはないだろう。でもそれは立花さんの真っ直ぐな思いに感動して更生したなんてものではなく、僕を思い出そうとすると、自動的に立花夕子というトラウマが蘇ってくるから。あぁ。なんて暴力的で、一方的な正義。一歩間違えれば単なるエゴイストだ。いや、たぶんもうほとんどそれだ。きっと彼女のやり方に反発する人も多いだろう。僕だって彼女の正義全てを肯定することはできない。でも。
遠藤樹梨は警官に促され、今にも泣きそうな顔でふらふらとパトカーに乗り込んでいった。
僕はパトカーを見送る立花さんの後姿をじっと見つめた。
でも、僕はそんな無茶苦茶な正義に救われた。
「あの、ありがとう……立花さん」
僕は大きく深呼吸をして、もう一度彼女にありがとうと言った。身体中が痛いが、嫌な気分じゃなかった。すると立花さんは綺麗に回れ右をして、僕の顔を見上げてきた。身長差のおかげでちょっとだけ上目使いになった彼女に、思わずどきっとする。
「いえ、私は委員長としてできることをやったまでです」
いや、普通の委員長はそこまでしないよ。という言葉を僕は飲み込む。
「まだ事情聴取などは残っていますが、これで鯨井さんの抱えている問題は解決しましたね」
相変わらずの無愛想で言う立花さんに、僕は笑って頷く。
「……うん」
「それでは、これを」
そう言って立花さんは自分の鞄を開け、プリントの束を取り出した。辞書のように分厚い束だ。あれ、何だろう。とてもとても嫌な予感がするぞ。うん。
「鯨井さんが登校しても授業に着いて行けるよう、遅れている分の勉強を各教科の先生方に頼んで宿題にしてもらいました」
「え」
「明日までにちゃんとやってきてください」
「明日」
「はい。だって鯨井さんの問題は解決したんですよね。怪我も休む程ではないようですし、これで気兼ねなく学校に来られるはずです。そして、学生の本分は勉学です。大丈夫です、休んでいた間もちゃんと勉強してさえいれば、どれも理解できる内容ですから。それでは、私はこれで」
立花さんは僕にプリントの束を押し渡すと、踵を返して颯爽と歩き始めた。
夕焼けに染まり、小さくなってゆく立花さんの背中を呆然と眺める。
うわあああああああああああ――――…………。
僕は膝から崩れ落ちながら、もうちょっとだけ引きこもってようかな、なんて絶望的に思った。そんなこと、彼女が許すわけないとわかっていながら。
つづく
立花さんは委員長。 紺野竜 @tofushiratama
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