第6話 登竜門のニート

 半年前、僕はある雑誌の新人賞に作品を送っていた。

 五十枚にも満たない短編だ。その通過作品が載る雑誌が明日発売される。そわそわと一日を部屋で過ごした。自信があるとか、ないとか、そういう問題ではない。ただ名前が載っているか、いないか、それだけだ。

 しかしその晩はいつもと変わらない夜を過ごした。パソコンの前に座ったり、テレビの前に座ったり、絨毯の上で眠っている猫を少し撫でたりしていた。気が付けば、新聞配達のバイクの音がして、ポストがカタンと鳴った。朝が来た、と思ったら、ホッとして眠気に襲われた。

 目を覚ましたのは昼過ぎだった。弁当を片手にテレビを見ながら、足元の猫が眠っているのを確認したりして、ふとまた眠気を感じた。途中まで食べた弁当箱を置き、ソファに転がった瞬間、そう言えば、書店へ行くのだった、と思い出した。


 伸びきって乱れた髪の毛を、スプレーで押さえつけ、お気に入りの帽子をかぶった。この帽子も数年は使用しているもので、黒色が剥げてきている。母親に、新しい帽子を早く買いなさい、と言われていたが、お金もない事だし後回しにしていた。

 前髪で目を隠し、さらに帽子のツバでそれを抑えた。久しぶりに玄関の扉を開けると強風が吹いた。ボワンと生暖かい風が、何度も体を触っていった。不安になった。家の中と外の境目を、跨いだだけなのに。空はまだ明るいけど、少しずつ暗くなってきている。雨は降るのか、帰ってくるまで降られずに済むのか、判断が付けられず、結局傘は持たずに、玄関のドアに鍵をかけた。

 慌てて書店へ向かった。家から歩いて十分ほどの所にある書店だ。強風はずっと吹き続いていて、痩せた体が時折飛ばされそうになった。信号待ちでも、風のせいでフラフラとしながら立ち、青になって横断歩道を渡り始める時には転びそうになった。肩に掛けたアイボリーのトートバッグは、上手く肩に座っていなかった。強風のせいだと思ったが、違っていた。街並みのウィンドウに写る自分の姿を気にして見ると、体全体が右に傾斜していた。

 一軒目の書店に目的の文芸誌はなかった。少し離れた場所にあるもう一軒の書店へも行ってみたが、そこにも置いていなかった。あと一軒。街で一番の大型書店だ。期待して行ったが、やはりそれはなかった。




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