第5話 ニート少年
一年間の休学を終えた僕は退学届けを出すことにし、いよいよニートという肩書を正式に与えられることになった。もらったつもりも自覚もないが、そう呼ばれることが都合良いのなら別にそれでいい。
母は冗談まじりに、僕の事を「ニート少年」と言う。その言葉の裏には、僕の小説家としての成就を願う気持ちを感じるのである。日中ほぼ家から出ない僕が、生き続けて居られるのも母のお陰である。昼過ぎに目覚める僕の朝食はなく、昼ごはんとして弁当を作ってくれている。
母は、週六日仕事で家を空ける。自分の弁当と一緒に僕の分も作ってくれるのだ。僕が高校生だった頃に繰り返していた朝の弁当作りが再び始まった、と時々愚痴をこぼすが、本当に嫌がってはいない、と僕は思っている。たまに、明日は菓子パンね、と言って、二つか三つばかし、僕の部屋の机の上に置いていく。
最近はもっぱら、早朝の四時頃に就寝し、昼の一時過ぎに目覚める。それから用意されている昼食を食べるのだが、起きたばかりの体には、少し量が多すぎる。
僕は、時間を掛けて、弁当箱の中身を咀嚼する。テレビの前にある緑色をしたソファに座り、録画してあるバラエティ番組を再生させる。テレビの画面と弁当箱の間を何度も行き来させる視線の維持に疲れると、弁当箱をサイドテーブルに置き、腰を伸ばすようにソファに転がる。バラエティは定期的な笑いが起こり、僕もそれに合わせて何度か笑う。少し腹が膨れ、まだ弁当の中身は残っているというのに、テレビを見ながら眠ろうとする。数十分前に起きたばかりだというのに、もう眠気に襲われる。
病気かもしれないと真剣に悩み、調べてみたりもしたが、どの症状も特には当てはまらない。病気であるように祈っている自分に気が付き、くだらない時間を消費してしまったことに後悔する。結局のところ寝過ぎなのだろう、という僕なりの結論を出した。この所、頭痛もひどい。いくつかの頭痛薬を日替わりで飲む。効いたり効かなかったりだ。
昼食も途中半端のまま、結局ソファで眠り、気が付くと二時間ほど経っていた。テレビは付きっぱなしで、再生していた番組はとっくに終わっている。僕はむくりと起き上がり、しばらくテレビの画面をぼんやりと眺め、大きく息を吸って吐く。深呼吸は無味だ。
足元に広がる芝生色の絨毯の上には、飼い猫が横になり腹を出して眠っている。広い絨毯の、いつも同じ位置の隅っこで過ごすのを決めているようで、たまに絨毯から体がはみ出しそうになるが、上手く元に戻り眠り続ける。幸せそうな呼吸が続き、僕も再び眠ってしまおうかと思うのだが、そんな事を思いながら猫を見ていると、それを察してか、おもむろに目を覚まして立ち上がり、背中をグッと伸ばしてから、酔ったような足どりで部屋から出て行くのだ。ピタピタと、肉球の音がする。この家の二階には静寂が訪れる時間帯が、一日に数分だけ、ある。
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