第4話 小説家の誕生

 四月から一年間の予定で休学していた。大学に出す書類は少なく簡素だった。大学側は、休学の為の費用を徴収できれば問題ないのだ。僕は七万円弱のお金を大学の券売機に入れ、食券のような紙切れにし、休学届の所定の場所に添付した。提出する際、大学職員に「留学でもするのですか?」と聞かれたが「そういうわけではありません」と答えた。それ以上何も聞かれなかった。


 とりあえず一年間、やりたいことをやりたい、と母に相談し、快諾を得た。

 母は、僕の言う事を快く受け止め、尊重してくれるありがたい存在だ。すべての行動を認めてくれる。これは、甘い、というのだろうか? いや、そうではない。


 僕が小説家を目指そうとしたきっかけは、母なのだ。母の書棚に並ぶ、昭和の文豪。世の中の隅っこを遠慮がちに生き、短命だった文豪の文庫本を手に取ったのが、小説家への道を歩み出した第一歩である。

 初めて読んだ、あの短編。素晴らしかった。文字が、言葉が、あんなに美しいものとは知らなかった。あれ程、素敵な職業はない。僕は、あの小説家のあの短編を読み終えた時点で、小説家になろうとしていたのだ。

 生きた時代も違い、生きていても百五十歳以上も違う人の言葉が、たった今、耳元で囁かれた様に胸に突き刺さるのだ。リアルに生きていた。キラキラとしていた。ゾクゾクとした。

 創り出された言葉は、百年以上経っているのに僕の感情の奥底へ届いた。何百年前の光が、この夜空に届くのと同じように、たった今、発生したばかり新鮮な輝きだった。文学とはそうでなければならない。その時代にしか通用しない、軽い流行りなどに魅力はないのだ。


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