第8話 姉と妹

「部長と白雪さんって、本当の姉妹なんですか?」

 率直に疑問を投げかけてみる。上遠野さんの時のように、はぐらかされるのだろうか。

「先輩が勝手に言ってるだけ、付き合ってあげてるの。姉妹ごっこ」

「妹分としてかわいがってやっている」

 私が言うのもなんだけど、と前置きした上で上遠野さんが「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」とため息ながら呟いた。

 なんだ、と、心の中で胸を撫で下ろした。マリみてみたいなことをしているとしていたならどうしよう、という杞憂で嫉妬心を募らせていたのが、馬鹿馬鹿しくなってきて、苺のトルテを頬張った。柔らかくふんわりとした生地にさくさくとしたシュクセのコントラストが食べていて楽しい。濃厚な苺の甘さと酸味が口の中に広がる。

 他のお菓子は出来合いのものらしいけど、このトルテは上遠野さん謹製らしい。美味しそうに食べる私を見て上遠野さんは満足げだった。白雪さんは手を付けていなかった。

 耳から垂れたピアスを弄りながら木ノ下さんは、呆れたように私達に問う。

「あろうことか勝手に妹呼ばわりとか、こいつ終わってると思わないか?白雪嬢、黒鳩嬢」

 白雪さんが、「うん、終わってる」と呟く。

 部長は存外いじられキャラなのだろうか、実際に対面してみるまでは鬼才的なイメージが強く、噂話をしてもからかおうとは思わなかったが、存外親しみやすい人ではあった。

「流石、私に近付きつつある人間は分かっている」

 でも上遠野さんや木ノ下さんの茶々は軽く受け流したりツッコミを入れたりするが、白雪さんに対してはやはりどこか当たりが強い。皮肉めいた物言いで棘がある。

 空気が少し重くなって、それを払拭するように上遠野さん話題を変えた。

「空ちゃんは、万研に入ってみる?活動内容は森羅万象を解き明かすこと、アニメを見たり、お菓子を作ったりしてね。まぁ、実質瑠衣に任せていれば後は自由だから気楽なものよ」

 なんだか仰々しい名前に反して平和で、日常系アニメっぽい部活なのだろうか。

「おい柚子、万研って言うな。バカっぽいだろ」

「頭の悪い味のお茶が好きな癖して」

 上遠野さんは慣れた様子で部長をからかう。

「バカ!」

「黙ってろ部外者が!!」

「わかった」

 そう言うと木ノ下さんは携帯ゲームを取り出しプレイし始めた。いきなりトロント大学でパンツレスリングの研究をするキノ~!とか言い始めた。それっきり引っ込んでろ!の罵声に屈したのか、まるきり何も喋らなくなった。

 部長が不気味な程静かにゲームをする木ノ下さんを暫く見て怪訝そうに、

「いや、黙ってろって言って素直に黙られるとちょっとキモいから少しは喋ってくれないか?」

「うん」

 二人は仲が良いのか悪いのか、よく分からない微妙なやり取りをしていた。

 私は考えていた。上遠野さんの振る舞う茶菓子は最高だし、何より白雪さんとの共通点が出来る。

 木ノ下さんはお茶会が終わった後、ちょくちょくチョコエッグを割ってはフィギュアだけ部長に押し付け、自分は延々とチョコエッグを食べていた。

「チョコエッグってなんかやたら美味いよな~。あとアンパンマンのチョコも」

 部長はキレていた。

「私は……今日のお茶会で是非入部したいと思いました」

 居心地が良いな、と思った。なんだかんだで、日常系アニメに私は憧れていたから。

「おいお宅、付け上がるなよ。正式な部員として認めた訳じゃないからな!未だ期待値は零に過ぎない」

 部長は、なんとなくニヤついていた。


 有栖零瑠衣と、上遠野柚子、この二人といる時の白雪さんは、私と屋上で話している時とあまり変わらなかった。ただ、有栖零瑠衣に対しての言葉には明確な棘があった。でも、本気で憎んでいるようには思えないし、本気で好いているとも思えない。でも――白雪さんは憧れている。有栖零瑠衣に。おそらく、人間として、ああなりたいというふうに。具体的にどこ、とは言えないけれど、例えるなら、オイディプス的な執着を感じた。あれを打倒さねばならないと。いや、それは流石に言い過ぎだろうか。しかし、尋常ではないものを感じた。

 上遠野さんに対しては壁というか遠慮を感じる態度だった。あまり会わない親戚のお姉さんに接するかのように、他人行儀から一歩踏み込もうか迷っているような印象を受けた。上遠野さんは良い人だから、それがかえって彼女にとっては接し辛くあるのかもしれない。

 木ノ下さんについては、よく分からない。

 確かに部長の言うとおり、白雪さんにとってここが居場所である、というには、違和があった。

彼女はどうしようもなく孤独であり、断絶に囲まれ、ひとりぼっちだった。

 唐突にトルストイの格言を思い出した「孤独の時、人間はまことの自分自身を感じる」

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