第2話 金正日、ゴルフの杮落し

 それから私は度々屋上で授業をさぼるようになった。理由は単純につまらない授業には出たくないというのと、いつもここでさぼっている白雪さんに会う為。

「こんにちは白雪さん、今日もさぼってるんだね。私が来た時いつも白雪さんがいる」

「また君?」

 ハァ、と軽くため息をついてこちらを向く。白雪さんと屋上で会うのはこれで六回目だった。邪険にされながらも懸命に話しかける私の思いは何だかんだ彼女に通じているようだった。お陰で無視されることもなく、やり取りにも手垢がついてきた。

「いつもさぼってる?でも確か白雪さんって学年8位とかじゃなかった?サボり魔なのに勉強出来るとか、なんだかかっこいいね」

 学年上位の名前は、テストの度に廊下に張り出される。白雪さんは展示の常連だった。

「別に大した事じゃない。勉強が出来るからわざわざ授業も受ける必要がない、それだけ」

 生徒指導の先生辺りが聞いたら憤慨しそうな台詞だ。普通ならこういった物言いには自慢や得意げな色が交じるものだけど、白雪さんは本当に大したことだと思っていなさそうだった。彼女は色々と、静かな人だった。

「そっか、頭いいんだね」

「そりゃどうも」


 私への返事はそっけないものだけど、その瞳はまじまじと私の目をみつめていた。眠たげな瞳には何か魔力めいたものを感じて、容易に視線を反らすことを許さない。負けじと見つめ返す。

「白雪さん、この話を知っていますか」

 こほん、とわざとらしく咳き込み、

「昔の北朝鮮で今は亡き敬愛すべき金正日主席が、同国初のゴルフ場で、十八ホールを十九打という抜群のスコアでまわったというエピソードがあります。当然これは官吏の考えたプロパガンダです。なぜなら誰も金主席が全ホールでホールインワンを決めたということを信じないでしょう、だから信憑性をもたせるために、仕方なく一歩譲って、一ホールだけ二打を要したことにしたんです」


 一瞬の間、白雪さんのきょとんとした顔、

「君、いつもそういう話するけど、何なの」

「白雪さんに笑って欲しくて、楽しい話題を選んできました。この話から得られる教訓は、苦悩するヒーローの効果。偉大なる英雄の、人間化のプロセスが最大限に推し進められた例がこれです。私が何が言いたいか――そう、白雪さんも噂と違って、もっとこう色々普通の女の子らしい一面があるんじゃないかって!」

 そう言うと、白雪さんはほんの、ほんの少しだけ、微笑んだ。幸福な時間だった。初めて見た白雪さんの笑った顔は、例えそれが僅かばかりの微笑みだとしても、天使のように可愛らしかった。

「私と話したがる奴は大抵下らないことばかり聞くんだ。援交してるのだの、親がいないのだの、下らないことばかり。皆死んじゃえばいいのに。君はそれに比べればマシかもね」

 その薄い唇が忌々しそうに動き、呟く。下らない、皆死んじゃえばいい、その言葉に嘘の色はなかった。でもその言葉を発した顔は無表情で、本気とも思えない。

 まるで何かを諦めているような、投げやりな言葉に聞こえた。

 白雪さんは改めて私を見る。

「君は何がしたいの」

彼女のまなざしが私を射竦める。そのまなざしに宿った魔力めいた力が、嘘をつくことを咎めてくる。本当のことだけ言わないといけない気がする。でも元より私に小賢しく嘘を弄するつもりもなかった。

「白雪さん」私は。どうすればそうなれるのか分からないけれど。

「友達になりたい」

 屋上に風が吹いて、映画の演出のように私達の髪が揺れる。青春って、感じがする。

「私は友達なんてものは作らないんだ」

「そっか」

 自己満足、それを満たす為かも知れないけれど、軽やかに言葉を続ける。

「白雪さん、あなたはね」

 すっと息を吸って、

「本気じゃない時、いつも髪を触る。今もそうやって」

 それから白雪さんは、少しの間目を逸らして。

「見てるんだね、よく私のこと」

 その時の白雪さんは、はっとしたような顔をしていた。初めて見る感情の肉体的な発露。

「うん。見てる。嫌?」

「嫌」

「また髪を触ってる」

「……癖かも」

「そっか」


 少しの間逸らされた視線が、再び私の眼を射抜く。

「私と君は友達にはなれないよ、きっと」

 白雪さんは少しだけ笑っていた。何か諦めるような笑い方だった。そして髪を掻いていた。

 私は一歩踏み込んだ。

「私の人生にとって大切な出来事は二度現れるようです。一度目はあなたと初めて話した時に、あなたが友達を作らないと言った時。そうして、二度目はさっき友達にはきっとなれないって言った時」

「…………」

「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日?」

 少し照れくさそうにそっぽを向いて、ぽつりと漏らす彼女。頬がほんのりと染まった、そのあどけない横顔にときめいた。心が通じた気がした。私はこの瞬間に、彼女に恋をしたのだと思う。

「うん」

「なら大切なことを付け加え忘れてるよ、一度は悪劇として、二度目は笑劇として」

 幸せだったことを私は忘れない。

 人を愛することは非合理的で、理性を蹂躙するような滑稽な愚行である。全身全霊を尽くしたとしても、究極的には触れ合えぬ、猥雑な接近。にも関わらずそれは偉大な悪劇よりもずっと楽しい。愚かしい笑劇でも、私はその役者でいたい。例え主人公には似つかわしくない大根役者だとしても。



「おはよう烏合の皆さん!超絶カワボ美少女しもぼくちゃん様だよ~!今日も地球はしもぼくちゃん様の為に回っているよ!この前Youtubeでさ、ぼくが好きな思想家が取材を受けてる映像を見たんだけど、何故かキッチンにくつしたがしまわれてんの。インタビュアーがこれは何か重大な秘密が隠されているに違いない、ポストモダン的な見世物なのでしょうか?って疑問にしてたら、その思想家が『ファックユー!本当にそこにあるだけなんだよ!』って半ギレしてて面白かっためう(^○^)」

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