第13話 効率的な方法

「まちやがれ――――!!」

 逃げるリューガを追いながら、ルディスは驚愕していた。

(このあたしより速い!? そんなバカな!!)


 ニケが医療解析器メディカルアナライザーと看破したもの。

 対象の職能や技能、能力値を明らかにするそれを、地上では測定器と呼んでいた。

 ルディスが護民隊に仕官できたのも、測定器で高い能力値を示したからだ。

 しかし彼女の能力項目の中で、実は速度の値が著しく低い。

 それでも一八〇という値は、辺境都市エネ・トルボーで最速だった。

 速度二〇〇のリューガが、この街を訪れるまでは。

「チクショ――――!!」

 悔しげに叫ぶと、彼女は必死にリューガを追い続けた。


 どこまでも続く平原を、リューガは思うがまま疾駆していた。

 その爪先は地を蹴り、半ば宙を飛んでいるような速さである。

 徐々に差が開いた結果、ルディスは遥か後方に置き去りだ。

「リューガ! すごいじゃない!」

 ニケが嬉しそうに褒めた。

 エーテル・ボディの力を、リューガは十分に発揮している。

 転生して二日目とは思えぬ、驚異的な適応力の高さである。

 先入観もなく、本能のまま受け入れているおかげだろう。


「あお――――ん!!」

 リューガの遠吠えが、蒼穹の彼方まで響き渡った。


「一時の方向に原住生物発見! 種族はゴブリン! 数は四体!」

 ニケが、いきなり警告を発した。

 リューガは速度を緩めて停止、前方の人型生物達に視線を向ける。

 ルディスから逃げ回っているうちに、ゴブリンの縄張りに踏み込んだらしい。

 ゴブリン達も気付いた様子で、リューガ目指して駆け出した。


「ちょうどいいわね」

 ゴブリン達との接触まで約三分、しかしニケに焦りはない。

 むしろ絶好の機会だと判断した。

「リューガ。さっきエーテル・ボディの強化について説明したでしょ?」

「いいえ?」

「したの。それで促成強化の効率的な方法っていうのがね」

 ニケは小さな天使を投影し、迫るゴブリン四体を指し示す。


「原住生物と戦って殺すのが、一番手っ取り早いのよ」


 こともなげにニケは告げた。

「戦闘状態になると、エーテル・ボディが活性化してね」

 ミニ天使ニケが、リューガの鼻先に漂いながら説明する。

「そこで相手をバーンとやっつけると、パワーアップしちゃうの」

 ニケはリューガの網膜に、解説映像を投影した。


――可視化した二つのエーテルが渦を巻き、激しく何度も衝突する。

――やがて一方の渦が突然求心力を失い、エーテルが拡散した。

――残った渦が、それを巻きこんで吸収する。

――エーテルの渦は一回り大きくなり、回転速度も増した。


「生命活動の停止と同時に、エーテル・ボディも崩壊して周囲に拡散。これを吸収することで、エーテル器官は強化する仕様なの。地道に訓練するより効率的でしょ?」

 網膜映像を消すと、ミニ天使ニケは腕を組んで考え込むポーズになる。

「相手のエーテル値が高ければ高いほど有効な手段なんだけど……」

 通常はエーテル値に比例して戦闘力も増すので、危険度も上がってしまう。

「安全第一でいきましょう。ゴブリンぐらいなら、四体でも楽勝よ」

 ミニ天使が両手を腰に当てると、堂々と胸を反らす。

「さらに! このわたしがいれば、戦う前から勝利は決定的ね!」

 ちなみにニケは、ゴブリン達の命の価値を、ことさら軽んじてなどいない。

 ゴブリンも人類種も、ひいては神々ですらも、彼女の天秤では等価値だ。

 使徒ニケにとって大事なのは、創造主たる女神とリューガだけなのである。


 接近していたゴブリン達が到着し、リューガと距離を置いて身構えた。

 その手には各々、原始的な作りの投げやりを構えている。

 彼らは歯をむき出しにして、闘争心をみなぎらせていた。


 しかし肝心のリューガは、ぽけーとしている。

 ニケの解説は映像付きでも小難しかったようだ。

「リューガ、つよい?」

 それでも大雑把には理解したのか、漠然と尋ねた。

「もちろん! リューガには戦闘職や技能もあるからね!」

 リューガは、剣闘士の職能ジョブを所持している。

 戦闘系の職能はエーテル・ボディを操作し、基本動作から戦術の組み立てまでフォローする。

 初心者でも職能に全てを任せれば、それなりの戦い方を披露してくれるのだ。


 リューガはさらに、じりじりと迫るゴブリン達を指差して確認する。

「よわい?」

「ええ! わたしを信じなさい!」

「――――はい!」

「さあ初陣よ! いきなさい、リューガ!!」

「はいっ!!」


 リューガは、猛然とダッシュした。

 ゴブリン達に背を向けて。


「え? ええ――っ!? なんでよ!!」

 想定外の事態に、ニケは慌てふためく。

「ちょ、ちょっとリューガ! どーして逃げるのよー!?」

 ゴブリン達は最初、悠然と待ち構えていたリューガを警戒していた。

 それがいきなり逃走に転じたので、虚を突かれてしまう。

 しばらくしてから我に返ったゴブリンが、喚き声を上げてリューガを追った。


 前方から急接近するリューガに気付いた時、ルディスは捕えようとした。

 しかしリューガはまっしぐらに直進、あわや正面衝突という直前、

「うわっ!?」

 跳躍したリューガが、ルディスの頭上を飛び越える。

 その勢いに思わず仰け反り、彼女は尻餅をついてしまう。

「あ、あんにゃろ――! もうゆるさね――!!」

 無様をさらした怒りと共に、ルディスは素早く立ち上がると駆け出した。



「おいおいおい」

 額に手をかざしてひさしを作り、ベネット隊長は平原の彼方を眺める。

 リューガを先頭にルディスが続き、遥か遠くからゴブリン達が接近中だ。

「なにやってんだよ、あいつらは」

 ベネット隊長は呆れたように、やれやれと首を振る。

 やがてリューガが戻ってきて、彼の脇をピューと通り過ぎる。

 続いて息切れしたルディスが続いたが、ベネット隊長がさっと襟首を掴む。

「くえっ!」

 怪鳥のような苦鳴を上げ、ルディスの脚が空を切った。

 ベネット隊長が手を離すと、勢いあまって地面に倒れた。

「バカやろう! 護民隊がゴブリンを引き連れてどうすんだ!」

「げほっ! げほっ! ふえっ!?」

 ベネット隊長の怒鳴り声に、ルディスが咳き込みながら狼狽える。

 どうやらリューガを追うのに夢中で、背後まで気が回らなかったらしい。

 動揺するルディスを一瞥して、ベネット隊長が前に出る。

 近付いてくるゴブリン達を見据えると、大きく息を吸い込んだ。


 おおおおおおおっ!!


 エーテル・ボディを活性化した雄叫びは、びりびりと大気を震わせた。

 それはゴブリン達まで届き、彼らの足を止めさせる。

 追跡に熱中するあまり、自分達が深入りしたことを悟ったのだろう。

 ひとしきり喚いて威嚇した後、ゴブリン達は踵を返して立ち去った。


 ゴブリン達の姿が完全に見えなくなると、ベネット隊長はルディスに向き直る。

「任務を放棄した挙句、ゴブリン達を街に引き寄せた大失態」

 腕を組んで睨まれ、ルディスはごくりと喉を鳴らす。

「ルディス、お前はクビだ」

「ええ――――!? た、たいちょー! そりゃないですよ!」

「うるさい。とっとと宿舎に戻って荷物をまとめておけ」

 ベネット隊長は聞く耳を持たず、詰所へと立ち去った。

「そ、そんな! ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 追いすがろうとするルディスの方を、プリアが抑える。

「彼の気遣いだから」

「…………あっ!」

 クビにしたルディスが、どこで何をしようとエネ・トルボーは関知しない。

 彼女が聖女の護衛を務めたとしても、全くの無関係だ。

 そういう具合に話をまとめてやると、ベネット隊長は婉曲に告げたのだ。


「さて」

 プリアが振り向くと、こっそり忍び寄っていたリューガと目が合う。

「…………そこに、なおれ」

 ドスの効いた声音で命じられ、リューガはちょこんとお座りする。

「二度目はない、そう言った」

「はい!」

「聖女は、罪を犯す者に甘くない。覚悟は、いい?」

「はい!」

 ちっとも覚悟してない顔で、リューガは答える。


 プリアが胸元で返した手のひらに、青白い光が灯った。


『アストラル操作!? ランクE! 出力二〇! なんなのコイツ!?』

 光の正体を分析し、ニケが驚愕する。

『逃げてリューガ! エーテル防御じゃダメージを軽減できない!!』

 ニケの必死な警告にも、リューガはどこ吹く風だ。

 楽しい遊びを期待するような、無邪気な瞳で光を見詰めている。


「…………三度目は、ないから」

 プリアは手を一振りして、光を掻き消した。


「甘いよ!? だだ甘だよ聖女さま!」

 ルディスの突っ込みに、プリアは顔をしかめる。

「……そんなことはない。ちゃんと躾けはする」

 プリアは拳骨で、コツンとリューガの頭を叩いた。

 蚊なら潰せるかな? そんな感じのダメージを与える。

「メッ」

「はい!」

「分れば、よろしい」

「よろしくないよ! こいつ絶対に分ってないよ!」

 ルディスはプリアの肩を掴み、ガクガクと揺さぶった。。



 リューガの強化に失敗するし、茶番劇まで演じられている。

『…………なんなのよー、なんなのよーもー』

 ニケはすっかり、不貞腐れてしまった。

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