第12話 リューガ、ふたたび

 ベネット隊長は歩哨に立ちながら、横目でリューガを監視していた。


 外壁を背にしたベンチの陽だまりで、リューガはスヤスヤと眠りこけている。

 長閑なその姿につられて、眠気を催したらしい。

 ベネット隊長の隣に並んだ若い隊員が、欠伸をかみ殺した。

「あの子、気持ち良さそうですね~」

「……ああ、そうだな」

 頷くベネット隊長の表情は複雑そうだ。


 リューガの寝姿は、あまりにも無防備で無警戒過ぎた。

 まるで我が家の居間同然、そこが世界で一番安全な場所と言わんばかりに。

 ――そんなリューガを、自分は要注意人物として監視している。

 仕事とはいえ、ベネット隊長は罪悪感じみたものを感じてしまう。


 結局オルソン市長との協議では、具体的な対策は出ていない。

 リューガが街を訪れた事情がはっきりするまで、監視するに留める。

 万が一を考え、可能な限り街の外で。

 それがオルソン市長の下した結論だった。


「たいちょー、おはようございます!」

 物思いに耽っていたベネット隊長の背に、陽気な声が掛けられる。

 振り返れば、東門を二人連れの女達が潜り抜けてきたところだった。

 一人は見覚えのない、目立たぬ旅の外套に身を包んだ女である。

「おう、ルディス」

 ベネット隊長はその隣の武装した女、ルディスに手を挙げた

 街の治安と防衛を担う護民隊の一員で、ベネット隊長の部下である。

「昨日は任務を代わってもらってすいません!」

「気にするな。せっかく幼馴染みが訪ねてきたんだからな」

「さっすがたいちょうー! 話がわかるー!」

 全く悪びれないルディスに、ベネット隊長は苦笑するしかない。


 ルディスは二年ほど前、街に流れてきた浪人だった。

 護民隊に仕官すると頭角を現し、今では副隊長格扱いである。

「えーと、隊長? ちょっとお話が…………」

 ルディスが珍しく歯切れ悪く口ごもる。

 何か言い難い用件があるらしいと、ベネット隊長は察した。

 若い隊員を詰所に下がらせてから、ルディスの連れに視線を向ける。

「それで、そちらさんがルディスの幼馴染みの……」

「プリアです。いつもルディスがご迷惑をお掛けして申し訳ない」

 藍色の髪をしたプリアの台詞に、ベネット隊長は笑ってしまう。

「なーに、もう慣れたよ」

「二人とも、ひどくない!?」

 抗議するルディスに、プリアがじっとりと湿った眼差しを向ける。

「ルディスのせいで、わたしがどれほど苦労させられたのか、忘れたと?」

「ちょ、ちょっと!? 今ここで持ち出さなくても――――」


 気のおけない仲らしいと、ベネット隊長は厳つい顔をほころばせた。

「そうだ、ルディスにも紹介しておこう。おーいリューガ!!」

 いきなり大声で呼ばれ、びっくりしたリューガが跳ね起きる。

 慌てて左右を見回し、手招きするベネット隊長に気付いた。

 こちらに歩いてくる途中で、ルディス達に気付いたらしい。

 ピューと走り出して、ベネット隊長の背後に隠れてしまった。


「あー!? 昨日の変態野郎!」

『あの時の暴力女! どうしてここに!?』

 リューガがセクハラした相手と、リューガを蹴り飛ばした者との再会だった。


 ◆


 リューガとルディス、プリアの間に緊迫した空気が流れる。

「なんだ? 知り合いだったのか?」

 事情を知らぬベネット隊長が、ルディスに問い掛けた。

 リューガは彼の腰にしがみつき、コソッと顔を覗かせる。

 上目遣いでルディスを睨み、ううーっと唸った。

「その態度はなに! また痛い目にあいたいの!」

 全然悪びれていないリューガに、ルディスが声を荒げる。

 リューガは慌てて首を引っ込めたが、すぐに顔を出して、

「わふ」

 余裕ありげに鼻を鳴らした。

 既にリューガは、ルディスよりもベネット隊長の序列が高いと見抜いていた。

 だからベネットの後ろに隠れて強気なのだ。

 まさに虎の威を借りる狐、それがリューガなのである。


「こ、こいつ――――!!」

 キレたルディスが掴み掛ると、リューガはひょいっと躱す。

 そのままベネット隊長を盾にして逃げ回った。

「なにがあったんだ、いったい?」

 自分の周りでぐるぐると追いかけっこする二人に、ベネット隊長が困惑する。

 プリアは、ちょっと頬を染めながら、

「……大した事ではない。ルディス、止しなさい」

「このっ! ちょこまかと! え、プリア?」

「わたしに任せなさい」

 ルディスが渋々と引き下がると、プリアが威儀を正す。

「少年、こちらに来なさい」

「はい!」

 元気に返事したリューガは、嬉しそうに走り寄る。


 そのまま彼女の前で、お座りしてしまった。


「「えっ?」」

『こ、こらリューガ! なにやってんの!? 立ちなさい!』

 犬と骨格が違うせいなのか、いわゆる女の子座りの格好だ。

 周囲の驚きをよそに、リューガは無邪気にプリアを見上げる。

 しかしプリアの視線は鋭い。そこに情けも容赦も感じさせない。

 射貫くようにリューガの瞳を凝視した後、

「…………二度目は、ない」

 まるで死刑宣告のような冷酷さで告げた。


「どういうこと!? こいつを見逃すつもりなの!」

 しかしルディスが激昂すると、プリアは気まずそうに顔を背けた。

 脅し文句に聞こえるが、実質上の御赦免だ。

「…………悪気はなかったようであるし」

「あったよ! 思いっきり! むしろ悪気満々!」

『リューガに悪気なんてない! ただ女の子が大好きなだけよ!』

 約一名、リューガを弁護するが、その主張は届かない。

「聖女に不敬を働いたんだよ! 落とし前をつけなきゃ!」

 納得できないルディスが、なおも詰め寄った時である。


「聖女? 不敬? どういう意味だ?」


 ベネット隊長が割り込むと、ルディスは一気に青ざめた。

「マズ!? ごめんプリア! ついうっかり!」

 さらに口を滑らすと、プリアが片手で顔を押さえてしまう。

「…………おいおい」

 厄介事の予感に、ベネット隊長も顔をしかめた。


「…………相変わらずルディスは、そこつ者」

 誤魔化しきれないと観念したのか、プリアが改めて名乗る。

「王国教会認定聖女、十三聖卿の序列第七位、プリアムスである」

「ちょっと待ってくれ! 聖卿猊下が、どうしてこんな辺鄙な地方都市に!?」

 もしルディスの言葉でなければ、ベネット隊長は信じなかったであろう。

 それだけ聖女というのは尊貴な身分なのである。


「平和祈願の巡礼で諸国を行脚している。忍びゆえ、プリアと呼んでほしい」

「――――そうか、分かったよ、プリア」

「たいちょー、大物ですねー? 聖女さまを呼び捨てなんて」

「はっはっはっ」

 ルディスが呆れると、ベネット隊長は乾いた笑い声を立てる。

 神器に続いて、お次は聖女様のご登場だ。

 もーどうにでもなれ、という心境なのである。


「ベネット隊長、頼みがある」

「なんだ?」

「ルディスを、わたしの護衛として貰い受けたい」

「…………」

 ベネット隊長は押し黙り、無言で続きを促す。

「ここまで一人で旅を続けてきたが、やはり信頼できる供が欲しい」

「…………正式な護衛はいないのか?」

 ベネット隊長の疑問はもっともである。

 気軽に一人旅ができるほど、聖女の身分は軽くない。


「教会騎士は、事情があって使えなかったのだ」

 きな臭いものを感じ、ベネット隊長は眉をひそめる。

 聖女の依頼だが、ルディスを護衛として貸すのはリスクが高い。

 教会の政治に、エネ・トルボーが巻き込まれる可能性があるかもしれない。

 さて、どうしたものかとベネット隊長が頭を悩ませた。


「頼みますよ、たいちょー。わたしだって面倒事はご免なんですけどね?」

 ルディスは苦笑いしながらも、ベネット隊長に頼み込む。

「でもほら、どんくさい幼馴染みもほっておけないしー?」

「…………鈍臭くなんかない」

 プリアが子供っぽく頬を膨らませる。

「ぷふふっ。ガキに抱き付かれぐらいで固まっちゃうやつが、なに言ってんだか」


 ルディスは肩越しに、くいっと親指で背後を示す。

「こいつったら、情けないぐらいにうろたえちゃってー」

 ルディスのニヤニヤ笑いが止まらない。実に下卑た笑い方である。

「あわわーあわわー」

「…………あんな風にか?」

「そうそう、昨日もあんな感じでって、ナニしとんじゃ―――――!!」

『こらリューガ! 止めなさい! 止めろって言ってんでしょうが!』


 ベネット隊長達の注意が逸れた隙に、リューガはこっそり移動していた。

 そしてプリアを背後から抱きかかえ、またしても腰を振り始めたのである。

「あわあわわー」

 パニック状態に陥ったプリアは、逃げ出すことすらできないでいた。


「離れんかボケが――――!!」

 ルディスが怒声を浴びせて殴り掛かる。

 リューガは飛び退いて避けると、一目散に逃げ出した。

「待ちやがれ――――!!」

 その後を、ルディスが鬼の形相で追い掛ける。


「こら! 二人とも戻れ!!」

 ベネット隊長の制止の声も聞かず、二人の姿は遠ざかって行った。

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