第10話 大人達の悩み

 結局、リューガは翌日まで昏々と眠り続けた。

 異世界転生初日から様々な出来事を体験して疲れたのだろう。

 ベネット隊長は、熟睡するリューガを残して家を出た。


 彼が向かった先は、街の中枢である市庁舎である。

 そして到着するや否や、目にした光景に顔をしかめた。

 一人のドワーフが、市庁舎に続く階段に座り込んでいたのだ。

 市庁舎の職員達が、迷惑そうな顔で彼を避けながら登庁していた。

「おう、ベネット」

 ドワーフの鍛冶師が手を挙げると、ベネット隊長まで注目を集める。

 他人の振りをしたかったのだが、こうなっては仕方がない。

「エイギン。そんなところに座り込んでいたら邪魔だ」

「そうか?」

 鍛冶師のエイギンは悪びれもせず腰を上げた。

「あの小僧はどうした?」

「俺が家を出た時は、ぐっすり眠っていたよ」

「…………具合の方はどうだ?」

「食欲はすごかったけど、特に体調は問題ない」

 ほっと安堵するエイギンに、ベネット隊長が苦笑する。

「それじゃあ、さっそく市長様に面会といくか」


 市庁舎の玄関を通ったベネット隊長は、受付前を素通りした。

 エイギンを伴って階段を上がり、二階の廊下を渡って執務室の前に立つ。

「オルソン、俺だ」

 ノックこそしたが、返事を待たずにドアを開ける。

 装飾が施された執務室の奥には。重厚なデスクが据えてある。

 その席に怜悧な印象を与える細面の男がいた。

 名をオルソンといい、エネ・トルボーを統治する市長である。

「返事をしてからドアを開けろと……エイギン?」

 オルソン市長の苦情が途切れ、顔馴染みのドワーフの姿に戸惑う。

「おう、オルソン坊や。久しぶりだな」

「エイギン、いい加減に坊やは止してくれないか?」

「何を言っておる! ベネットもお前さんも、まだまだハナタレ小僧だわい!」

 がっはっはっと、豪快に笑うエイギン。

 長命なドワーフは、三十代の人間など子供みたいに感じるらしい。

 しかも二人が悪ガキだった頃からの付き合いなので、さらに遠慮がない。


「どうしたんだ、いったい?」

 エイギンを連れてきたベネット隊長に、オルソン市長は訝しげに尋ねる。

「例のボウズについての、重要参考人として呼び出した」

 自分が引き起こした騒動の件で、追及されると思っていたのだろう。。

 エイギンは不審そうな顔で、隣のベネット隊長を見上げた。



「その少年が所持していた魔剣のことだが……」

 エイギンの事情聴取を終えると、オルソンが腕を組んで考え込む。

「わたしは剣や武器の類は門外漢だ。そんなに特別なものなのか?」

「戦乱の時代に、各種族が競って創った兵器だ」

 納得のいかないオルソンに、ベネットが詳しく解説する。

 昨日はリューガが逃げ出したと連絡を受け、報告を切り上げたのである。

「魔力を流し込めば、付与された効果を発揮する」

 ベネット隊長の顔は、ひどく真剣だ。

「国が秘蔵するような代物だぞ? それを一介の少年が携えて、この街を訪れた。これが偶然だなんて信じられるか?」

「…………ふむ」

 実際は、ニケが一番近くの人里を探した偶然の結果なのである。

 しかし、そんな事情を彼らが知る由もない。


 オルソン市長は顎をさすりながら、視線を鍛冶師に転じる。

「エイギン、専門家から見ても、やはり魔剣だったのか?」

 二人が話し合っている間、エイギンは不機嫌そうに押し黙っていた。

 オルソン市長に問われ、おもむろに口を開くと、

「この、たわけどもがああ――――!!」

 びりびりと空気が震わすほどの、大音声で怒鳴った。

「アレが魔剣だと? 馬鹿も休み休み言え!!」

 ぎろりと、ベネット隊長とオルソン市長を睨み付ける。

 その昔、イタズラがバレてエイギンに怒られた記憶が甦った。

 子供の頃に戻った気分で、二人の背筋が思わず伸びる。


「…………アレは、神器だ」


 エイギンの声が重く響き、その太い指先が畏怖の念に震えた。

「あんな剣、地上の誰にも創れやせん。巨人の神秘ルーン、エルフの魔術、ドワーフの鍛冶、ヒューマンの叡智、それぞれを駆使しても、仮に全てを結集しても不可能だ」

 感動のためか恍惚と語るドワーフに、ヒューマンの二人の腰が引ける。

「ならば、答えは一つ。あの剣は、神々の一柱が創り出したものだ」


「……そんなもの、どうして手に入れようとしたんだよ」

 自分の目利き以上に厄介な代物だと分かり、ベネット隊長の危機意識が募る。

 一方で、神器だと知って入手しようとした、エイギンの神経を疑ってしまう。

「えっ? いや、欲しいだろ、普通に? 神器だぞ?」

 ドワーフの鍛冶師は、当然とばかりに答える。

 逆に何故、当たり前のことを訊くのかと訝しげでさえある。


「――――その剣を、市で押収した方が良いか?」

 事の重大性を懸念したオルソン市長が、独り言のように問い掛ける。

「止めておけ。不正な手段で入手すれば、神器は災いをもたらすらしい」

 真剣な表情と口調で、エイギンは忠告する。

「下手をすると、この街が滅ぶぞ」


 ――お前が言うなよドワーフ!!

 昨日の騒動を引き起こした張本人を、ヒューマン二人がジト目で睨む。

「エイギンの鑑定が正しいとするなら――、いや別に疑っているわけではない」

 エイギンに睨まれ、オルソン市長は手で抑える仕草をする。

「神器を持つ少年とは、いったい何者だ? この街を訪れた目的はなんだ?」


 ニケが与り知らぬところで、彼らは大いに頭を悩ませた。

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