第6話 出会い
市庁舎を飛び出したリューガは、街路を疾走した。
『ちょっとリューガ!? どこ行くの!』
ニケの問いにも答えず、はっはっはと息を切らせる。
すれ違う人々が驚き、思わず仰け反ってしまうスピードだ。
そして飲食店とおぼしき構えの建物の前で急停止した。
そこは裏通りにある、小汚い感じの酒場である。
リューガは扉を開け放つと、血相を変えてキョロキョロ見回す。
そんなリューガを、店内の客達が一斉に見詰めた。
客層は、厳めしい面構えの男がほとんどだ。
多くの者がテーブルに剣を立て掛け、物騒な雰囲気を放っている。
(兵士? それにしては――)
お世辞にも柄の良い連中とは言えず、ニケは警戒心を高める。
突然乱入したリューガに、彼らの胡乱げな眼差しが集中した。
「おいおい、ここはてめえみたいなガキが来る店じゃねえぞ!」
中でも特にガタイのいい、ヒゲの生えた熊のような男がヤジを飛ばす。
「ガキはさっさと家にけえんな!」
ぐるんっと、リューガがヒゲ熊男の方に身体ごと振り向いた。
その双眸が、爛々と輝いている。
『ねえ、リューガ? ここから出ましょうって、こら!?』
物怖じすることなくリューガは歩き、ぴたりとヒゲ熊男の前で足を止める。
リューガの鋭い視線の先にあったもの。
大皿の上に山盛りになった、こんがり焼かれた骨付き肉だ。
前のめりになったリューガの口から、つつーと涎が垂れた。
『それが狙いかー!?』
「なんだガキ、腹が減ってんのか?」
ヒゲ熊男は骨付き肉を摘まみ、わざとらしくブラブラと振る。
それにつられ、リューガの目も左右に揺れた。
「食いたいのか?」
問われたリューガは、ブンブン首を縦に振る。
下卑た笑み浮かべ、ヒゲ熊男は骨付き肉を床に落とした。
「ほらよ、食え――」
――るもんなら食ってみなと、せせら笑うつもりだったのか。
「わはい!!」
しかしヒゲ熊男が言い終えるより先に、リューガはガバッと四つん這いになる。
そのまま手も使わず、骨付き肉にむしゃぶりついた。
『止めなさい!? みっともない!!』
ニケの制止も、骨付き肉に夢中なリューガには届かない。
がふがふと鼻を鳴らし、肉を食いちぎって呑み込む。
骨まで噛み砕くと、リューガはヒゲ熊を見上げた。
その期待に満ちた眼差しが、如実に内心を物語っている。
即ち、もっとくれろと。
恥も外聞もないリューガの食いっぷりに、ヒゲ熊は引いた。
助けを求めて辺りを見回して、他の客達の視線に気付く。
いくらなんでもやりすぎだと、どの表情も非難がましい。
「お、俺のせいじゃないだろ!?」
ヒゲ熊男が、悲鳴のように弁解の言葉を叫ぶ。
「お前のせいでないなら、誰のせいだ?」
少し離れたテーブル席から、氷のように冷たい声が投げ掛けられる。
青い髪が頬を包むようなボブカット。二〇代前半の、旅の外套をまとった女だ。
目尻は垂れ気味だが、キリッとした眉が目付きを鋭く見せてる。
藍色の瞳に静かな怒りを湛え、彼女は席を立った。
「見下げ果てた男だね」
青い髪の女と同じテーブルに座っていた、もう一人の女も立ち上がる。
「ルディス!? いたのかよ!」
彼女を見たヒゲ熊男が、ギョッとした表情になる。
「いたわよ。わたしもこの目で、しっかり見ていたからね」
ルディスと呼ばれた女の傍らにも、剣が立て掛けてあった。
しかし他の連中とは雰囲気が違い、粗野な印象はない。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
ヒゲ熊男の方が大柄で、体格差は歴然としている。
しかし彼は、明らかにルディスに気圧されていた。
「立ちなさい、少年」
旅の外套をまとった女が、四つん這いのリューガに近付いた。
彼女はしゃがみ込み、手を差し延べてた。
「立ちなさい。人としての尊厳を失ってはいけない」
(まー、元が犬だからねー?)
がっくりと、ニケが気落ちする。
床に落ちたエサを食べるのは、イヌ基準では恥ずかしくとも何ともない。
これは前途多難だぞと、ニケはうんざりした。
リューガはきょとんとした顔で、彼女を見詰めた。
それからススっと、四つ脚のまま彼女の背後に回る。
『まさか!? やめなさい!!』
その、まさかである。
リューガは女の背中にのしかかり、腰に手を回す。
そのままカクカクと、腰を振ってマウンティングした。
「あ、あわ、あわわ、あわわわー」
女は突然の事態に硬直し、意味のない声を上げる。
どう反応したらいいのかさえ、分からない様子だ。
「なにしとんじゃあああ――――!」
ルディスが駆け寄りざま、リューガの脇腹を蹴り上げる。
「きゃんっ!?」
吹き飛んだリューガが、ゴロゴロと床を転がった
すぐに立ち上がったが、パニックを起こして店内を駆け回る。
『リューガ!?』
そしてキャンキャンと悲鳴を上げ、酒場から逃げ出した。
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