俺の手持ちには何もない②

俺はいつものように最寄り駅まで五分程度自転車をこぎ、満員の高崎線に体をねじ込みながら乗車し大宮で京浜東北に乗り換えをし学校の最寄駅へ向かった。車内には半分ほどが俺が所属している高校、私立『峰ヶ埼みねがさい高校』の生徒で埋め尽くされていた。どこもそうだとは思うが原則うちの高校は遅刻厳禁でそこら辺のルールにはやたらとうるさく下手したら内心に影響が出てくるぞと脅されている始末。他校よりは厳しいのではないかと自負している。まあ、隣の芝生は青く見えるだけかもしれないが。


 京浜東北線で15分ほど揺られ最寄り駅へついたことを確認した俺はイヤホンを両耳から外し車内を後にし改札へ向かった。駅構内は会社員、学生等でごった返していた。基本俺は人混みが嫌いなので本当に毎朝これが憂鬱だ。駅東口を出るとわちゃわちゃと列をなしうちの生徒たちが高校へ向かっていた。最寄りからうちの高校は大体徒歩10分程度だが俺は皆が使ってる通学路は使わず朝は毎日遠回りをして通っている。人混みが嫌いというのも当然関係はしているが朝は一人で登校したい派なのだ。(決してボッチだからという理由ではない。断じて。うん。)


 俺は学校へ着き次第下駄箱で中履きに履き替え今日をもって旧クラスとなる1-Dの教室へ向かった。浦立高校では一旦前のクラスに戻り短くはあるがショートホームルームを行いそこで紙を配られ新クラス及び新しいクラスメイト発表となる。俺は教室へ着くともうすっかり座り慣れた席へとつきカバンから文庫本を取り出しホームルームが始まるまでの時間をつぶす。当然クラス全体は騒がしく本を読める環境ではなかった。まあ本を読むことではなく時間をつぶすことが目的なので別に構わないが。


「また同じクラスになれるといいな!」「お前、別クラになっても会いに来るだろ!(笑)」

「文系選択したから私たちまた一緒になる可能性高いよ!」「ああ、クラスはなれるの寂しいよお」


 各々、今日で別々になる可能性が高いクラスメイト同士別れの言葉や新学期への期待の意味を込めての言葉をお互いに掛け合っている。それは真意なのかそれとも上辺なのかどうかは知る由もないがこの嫌に浮ついた空気は妙に慣れない。


「席着け~。出席取るぞー」


 ガラガラと教室の扉を勢い良く開けたのは1-D担任の新塚紗世にいづかさよだ。基本的に我、自分の道を信ずる的なスタンスを持ち合わせている人物で一度決めたことは絶対に曲げたくないを信念にしていると言っていたことを今になってふと思い出した。無駄に目鼻立ちが良く一つに束ねられお下げになっているその黒髪は24歳とは思えないほどに大人びた雰囲気を醸し出し一見男子生徒に受けそうなその外見だが性格のキツさの部分から一部の男子の支持を受けるもほぼ敬遠されているという感じだ。だがそれと裏腹にズバズバとものをいう性格から女子生徒には人気が高く「づかちゃん先生」なんて呼ばれるほどに受けがいい。


 俺は新塚の姿を確認でき次第読んでいた振りをするために手に取っていた文庫本にしおりを挟み机にそっと置いた。そしてその掛け声とともにまばらにグループごとに固まって喋っていたクラスメイト達はぞろぞろと自席へ戻っていった。だが当然その浮ついた空気はとどまらずひそひそと話すものが大半を占めた。


「静かにしろ~。休みは・・・いないようだな」


 教室中を一周見回した後欠席者がいないことを確認した新塚は名簿にいそいそといつも通り黒ボールペンで何かを記入してそれと一緒に持ってきたゴムでくくられたプリントを手に取りもう一度口を開いた。


「今からお待ちかねの新クラスのプリントを配るがどんな結果であれクレームなどは受け付けません。万が一、俺・私文系クラス選択したのに理系クラスになってます。みたいな人は速やかに先生のところに来てください。それ以外の者はこのプリントに表記されている新クラスの教室へ各々足を運んでホームルームをした後、解散という流れだから間違えないようにな~」


 その伝達を聞くや否や一斉に騒がしくなりわくわく感が抑えきれない者や本当に嫌で焦燥感に浸っている者など様々だった。俺はそのどちらでもないどうでもいい民族に属しているのでこれといってどうこうしたいという感情は全くない。


「はいはい。それじゃあ、男子から名前の順で取りにこーい」


 俺は宮野なので後ろから四番目という後方の順だった。先にプリントを受け取ったクラスメイト達は受け取り次第、各々仲のいい人たちと確認し合いこの表現が正しいかどうかわからないが悲喜交交していた。騒がしい空気がただの騒がしい空間へと様変わりした。

 そして俺の番が回ってきたので重い腰をけだるげに硬い椅子から持ち上げ新塚がたっている教卓へと足を運んだ。


「ほれ宮野。来年もよろしくな」

「え・・・あー。はい。よろしくお願いします」


 俺は新塚からプリントを受け取る際言われた来年という言葉にピンと来なかったがそれも束の間でプリントに目を落とし内容を確認してみると『新担任:新塚紗世』という欄を見つけ納得した。まあ、特に思い入れもないためその場限りのよろしくを告げ俺は席に戻った。


「2-B…。」


 俺は誰にも聞こえないいや、聞こえるはずがない独り言をぽつりと呟いた。二年生が属する教室は新号館に集結していてここ旧号館で過ごすのはおそらく最後となるだろう。そして俺の新たなクラスは2-Bらしく教室場所として新号館三階と表記されていた。

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