有村奏海という少女 ④

――――へ?



「あ、あ―――。そのあれはゴミ袋がやぶ」

「うん。そういうのいらない」


――――え?



「あの時私のこと盗み見してたの宮野君でしょ?」

「ぬ?盗み見?何の事ですか?」


 完全に図星だった。俺は焦りを見せないよう最大限に「何のこと?」みたいな表情を作り応じた。冷や汗やばい。


「あー、そういうスタンスね。まあいいや。じゃあこっちから一方的に話すから質問だけ答えてくれたらいいや」


 俺は言葉を失っていた。先ほどまで接していた有村奏海とはまるで別人と話しているようだった。表情・しぐさ・声質全てが有村奏海なはずなのに全てが有村奏海ではなかった。


「どこまで見てたの?」


 血の気がさーっと引いていき頭が真っ白になっていくのが自分でもわかった。俺をまっすぐ見つめるその嫌に綺麗でつぶらな瞳はまるでメデゥーサの如く有無を言わせぬ圧のようなものがかかっていた。


「い、一部始終見てました・・・。」

「その嫌に敬語使うのやめてもらえる?気持ち悪いから」

「は、はい」

「話聞いてた?」

「お、おう・・・。」


「別に盗み見てたことを攻めようっていうわけじゃないの。実際、あんなところで勝手にやってた私たちが悪いんだし。そしてあんな現場を唐突に見たら気になってしまうのも仕方ないと思う。でもね」


 そして息をすっと吸い込んで俺に向けて言い放つ。




   「盗撮は良くないわよね?」


 



 ア――――。オワッタ。

 俺の目の前にいたのは有村奏海ではなく間違いなく鬼そのものだった。


「ト、トウサツ・・・?ナンノコト・・・・・?」


 俺は言葉になっていない言葉を絞り出して返事をした。きっと日本語を勉強し始めて三時間くらいの外国人に負けず劣らずの片言で。


「ここまできてしらばっくれるって・・・、往生際が悪いにもほどがあると思うのだけど。宮野君」


 発する言葉一つ一つに生気が感じられず、それはまるで氷点下ー1000℃程の冷気をまとった重くそして冷淡で吹雪のようなものだった。

 当然オーバーヒートしていた俺にはまさにやりすぎなほどの冷却で一瞬にして思考停止した。


「まあいいわ。じゃあ、携帯見せて。」


 核心の一言だった。当然思考停止をしていた俺は何も言えず素直にそれに応じポケットからスマホを取り出し有村奏海に手渡した。


「ちょっと。ロックかかってたら見れないじゃない。パスワード教えなさい」

「ゼロ・ニー・ニー・ゼロ デス。」

「まさか誕生日?」

「ハイ。ソウデス」

「安直ね。気持ち悪いわ」

「ス、スミマセン」

「なんで謝るの?気持ち悪いわ」

「ゴ、ゴメンナサイ」

「あなた馬鹿でしょ?」


 無表情で俺のスマホをいじりだした有村奏海は例の写真を見つけるまでものの15秒もかからなかった。そして「ニヤッ」と俺にサキュバスのような色気のある顔を浮かばせながら迫ってきた。


 「証拠確保。はい、逮捕~~~~!」


 俺は手首をギュッとと掴まれた。しかし聞きなれない「逮捕」という言葉に俺は思わず本能的に反応し有村奏海の手を振り払った。


「はい。暴行罪~~~!ちょっと。これ以上罪を重ねないでもらえる?」

「わ、わるい」


 俺は思わず振り払ってしまった手をさする有村奏海見ていった。

 このままいくと逮捕まではいかないにしても本当に何かの問題に発展してしまうのではないかという恐怖に襲われた。


「た、逮捕はホント勘弁してくれ・・・。」

「あはははははは。宮野君ホントに馬鹿でしょ?そんないつでもできるようなことするわけないじゃない」


 ん?この子どさくさに紛れてやばい事口走ってませんでした???

 そんな動揺している俺に目もくれないで、艶やかな黒髪を耳にかき上げてから静かに口を開いた。


「まあ、(きっと)初犯だし今回は見逃してあげる。」


 優しく女神のような微笑みを浮かべながら俺に伝えてきた。


「ただし―――。これから私が宮野君にたいしてする質問に嘘偽りなく答えてくれたら・・・ね?」


 含みのある笑いを浮かべていた。許してくれるというのであれば俺にとっては願ってもない提案だった。しかも質問に答えるだけで。


「ほ、ほんとうか?」

「ええ。ほんとうよ。じゃあ、早速―――今の私を見てどう思う?」

「どう思うって・・・」


 そんなの今の現状に頭が追い付けてない俺には到底パッと導きが出せる質問ではなかった。しかし答えなければ答えなければでそれ相応の罰を受けなければいけないことになってしまう。


「はあ。遅い。あと十秒。いーち、にー、さーーーん――、」

「sしやすい」

「はい?」

「接しやすい・・・かな」


 俺の予想外な答えに度肝を抜かれたのかその場で硬直する有村奏海。今の俺の思考力じゃいい答えが浮かばなかったので率直に今思っていることを彼女に伝えた。


「いや、その・・・本当の有村を見れてるっていうか。変なよそよそしさがないというかしっかりと『俺』に向かって今話してくれてる感じがするというか、、、なんかまとまりがなくて悪い」


 有村奏海は「うわっ」とまるで俺を汚物を見るような目で見てきた。いや、俺なんか変なこと言ったか?


「そんなの当り前じゃない。だって今この場にいるのは私と宮野君の二人。ほかに誰に向けて話そうっていうの」

「そうなんだけどさ。さっきは万人向けというか。。。その。。。やっぱうまく言えねぇ・・・。」


 俺は申し訳ないようにして口をつぐんだ。有村奏海は「はあ。」一つ大きなため息をしてもう一度俺に向き直って質問をした。


「じゃあ次の質問ね。さっきあなた私のことをここに来る前に『有名』って言ったわよね?つまり具体的にどのように有名なのか詳しく教えてもらえるかしら」


 ぇ―――――。何その質問。


「つ、つまりどういうことだ」

「つまり私が有名といわれている根拠を客観的に伝えてくれればいいわ。あくまで宮野君の独断と偏見で構わないから」


 まあ俺の思っている有村奏海のイメージ=世間的なイメージを教えてくれということなのだろう。だったらこれほどにたやすい質問はなかった。


「美人。かわいい。胸のサイズがちょうどいい。肌綺麗。秀才。ヒロイン枠第一候補。素直。いいにおい。笑顔が素敵―――」

「気持ち悪いから。そこまでにして」

「・・・。はい。」


 俺はぴしゃりと有村奏海に口止めされた。それはもう鬼と雪女のダブルコンボのように冷たく怒りが見えるような表情をしていた。いや、俺なんか変なことい・・・たかもしんない。


「ねえ。ふざけないでもらえる?」

「ふざけてはない・・・と思う。第一、俺が思うというか話で有村のこと聞く限りはそんなイメージだと思う」

「あっそ」


 それを聞いた有村奏海本人は少し顔を伏せてそっけなくもあり悲しそうな表情を浮かべた。現在時刻では午後六時すぎだろうからこの薄暗さも相まってかその姿は焦燥感に満ちていた。


「じゃあ、これで最後の質問ね。」


 そして俺のほうへと向き直ってきた。やけに静かなこの空間はなぜだか居心地が良かった。先ほどの図書室とは場所は違えど二人きりというシチュエーションは変わっていないはずなのに。今の有村とはなぜだか自然体で話せる。


「何でこの写真なの?」


 俺のスマホをしきりに手に握っていた有村奏海はもう一度画面を操作して例の写真を画面に映し出されている状態で俺に突きつけてきた。


「他にも盗撮するなら違う場面もあったはず。ちなみに私、顔にはすごくとてつもなくすさまじく自信がある。だからこれといってぶっちゃけ盗撮されるなんて珍しい話じゃないわ。」

「そ、そうなのか」

「ええ。」


 続けて有村奏海は口を動かす。


「まあ、もし宮野君が私の超過激派なファンならコレクターにするとか?確かにこんな表情滅多に人前で見せたことないし見せないわ。確かにレアッちゃレアよね」

「ちょ、ちょっとまて。特に有村のファンとかでもないし。しかも俺、有村のこと今日初めて見た。」

「へー。珍しいこともあるのね」

「噂程度でしか聞いたことないからな」

「トイレの有村さんって?笑えないジョークね」

「いや、そんなこと誰も言ってない…」


 俺は終始有村奏海ペースで話を進められなすすべなくしていた。


「じゃあ、たまたまってことね」

「い、いや・・・」

「宮野君はたまたま私が告白されている現場に遭遇し、興味本位のままに告白されている私をたまたま盗撮したってことね。違う?」

「ち、違くはないけど」


 ―――――――違くはない。けど――――――、


「わかった。もういいわ。今日のことに懲りてもうしないでもらえると助かるわ。それじゃ」


 彼女はそっけなくそう告げると、振り向き帰ろうという体制になっていた。

 もやもやしている自分が情けなかった。言いたいことはわかりきっているのにどうしても言葉が出てこない。

 「別にもうこんな美少女と絡むことはもう一生ないんだし言っちゃえよ」と俺の心の奥底に潜んでいる小悪魔がそう囁く。テンプレだとここで俺の心の奥底に潜んでいる小天使も囁いてくれて葛藤を始めるはずなのだがあいにく俺の心には住んでいないらしい。なんて乏しい心なんだ。とほほ。


 だったら、悪魔にでも従ってやるか。俺はすうっ――っと深呼吸をしてから今の感情にだけ身を任して言葉を紡いだ。


「演じるって・・・辛いよな!」


 有村奏海は驚いたように俺のほうへと振り返った。多分音量にビックリしたのだろう。驚いた顔もかわいいなあ。おい。


「な、何事よ。いきなり大きい声出して」

「多分、俺みたいなやつはお前みたいなやつとは住んでる世界も違うからもう絡むこときっとない」

「な、なんなのよいきなり。ホント変人なんじゃない?気持ち悪いわ。」


 自分が気持ち悪い事なんて自分が一番よくわかってるっつーの。つい勢い余ってお前呼ばわりしてしまったがもうそんなのどうでもいい。俺は驚いている彼女の眼を力いっぱい精神をすり減らしながらまっすぐ見つめた。


「自分を演じるって辛くて大変だよな」

「顔面偏差値50ちょいの平凡な顔を私に向けていきなりそんなことを言われても何が何だかさっぱりなんだけど」


 小ばかにするように172センチの俺に対して大体162センチほどの有村奏海は俺に視線をきっちり合わせてきた。上目づかいマジ天使といいたいところではあったがその視線はまるで川辺で鮭を狙って探し求めている熊のような迫力が感じられた。熊といってもプー○んではなくヒグマね。一応言っておくけど。


「さっきちゃんと謝れなかった。悪い!盗撮なんかして。いい気持なんかじゃないよな」

「え、あ、そうね」


 俺は勢いよく頭を下げそう告げた。嫌に素直になっている俺を見てびっくりしているのか今度は有村奏海が少しばかりしどろもどろしていた。


「今から俺がお前に言うことはその、勝手な思い込みというか、自己満というか。そんなんだから聞くに堪えなかったらこのまま帰ってくれて構わない。でも一応俺の中で出たさっきの質問の答えを自分なりに話そうと思う」

「はあ。はやくして。寒いから」


 言葉とは裏腹に少し興味深そうに俺に視線を向ける有村奏海。こんな特殊な状況にくすぐったさを感じるも精いっぱい気持ちを伝えようと思う。



 

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