有村奏海という少女③

「あら。ようやくそろったわね」

 やっぱりか。

 そういいながら本日三回目の朗らかな笑顔をこちらに向けて来た。そして俺の存在に気が付いたのか顔を上げこちらにも頭を下げて来た。


「ほんと遅れてごめんなさい。すっかりこのこと忘れてて自習室で勉強してたの、、、。えっと、確か、『宮野みやの』くん」

「あ、いや、別に、大丈夫・・・です。はい。」


本当に申し訳なさそうにしながらこちらの顔をうかがってきた。うう。やめてくれ。ただでさえ女子に対する免疫がない俺には難易度が高すぎる。変に緊張しちゃうだろ。

それにしても先ほど司書の先生に対して言い放っていた遅れてしまった理由。絶対に人のせいにはしないあたりほんとに優しい子なんだろうなと思った。それだけに先ほど自分が行った行為の罪悪感が押し寄せてくる。


「宮野君にはさっきゴミ捨てに行ってもらっていたのよ。あとは整備といっても一通りこの室内をほうきなんかではいてもらって、返却ボックスにはいってる本を棚に戻してもらうだで今日は大丈夫よ」


そう言って司書の先生は今の今まで仕事をほったらかしていた俺たちに対して優しく訴えた。当の本人は「ゴミ捨て・・・。」と小さくつぶやいたのか一言ぼそっと言ってもう一度俺に向かって「ありがとう」とお礼を言ってきた。俺は一瞬冷りとはしたが多分ばれてはいないと思うので平静に取り繕いながら対応した。


「じゃあ私ちょっと他の用事あるからもう抜けちゃうわね。鍵はそこのカウンターに置いておくから終わったら戸締りしてくれると助かるわ」

突然また何を言い出すかと思えばどうやら司書の先生はこの後用事があるらしく後のことは俺たちに任せるとのことだった。え。ちょ、まてよ。


「わかりました。では後はお任せください」


絵にかいたような優等生スマイルを浮かばせながら有村奏海は図書室から出ていく先生を見守っていた。え。ちょ、まてよ。

ぱたんと絞められたドアの音とともに一瞬の沈黙が流れた。やべぇ。居心地が悪すぎる。


「じゃあ、私は本棚に本戻しておくから宮野君はロッカーに入ってる箒ではいてくれるかな?」

「あ、お、おう。了解、、、です」


てきぱきと指示をしてくる笑顔の美少女に少々戸惑いつつも、俺は箒を調達すべくロッカーへ向かった。それより、初対面の人と話すとき一言目に「あっ」てでちゃうの治したい・・・。


そしてしばらくまた沈黙の時間が続く。


図書室内には返却ボックスから本棚へ戻す過程の作業音。そして俺が床を履いているさっさっという音が空間中にしきりに響いていた。うちの図書室は防音壁なので生徒たちが廊下を行きかう生活音や吹奏楽部などといった演奏の音は当然聞こえない。

淡々と流れゆくその空間はどこか異次元のように感じ、まるで時が止まっているかのような感覚に陥るまであった。それゆえなのだろうか、先ほどの告白現場で見せた有村奏海の表情が


ずっと俺の頭の中を駆け巡っていた。


先ほどから気づかれない程度にちらちらと目で追ってはみたもののまるでさっき告白されてきた女子の片りんはどこにもなくとてもよそよそしいくらいなまでに自然体だった。最近の女子はみんなこうなのだろうか・・・。それとも有村奏海がそういうことに慣れてしまっているのだろうか。もし俺が告白されるもんなら三日は寝れないだろうきっと。


そんな事を考えながら一通り作業が落ち着いた俺は少しばかりだがまた溜まったゴミをまとめてもう一度ゴミ捨て場に行こうとした。まあ、捨てに行くほどの量では当然ないが、やはりどうしても居心地が悪く息苦しさがする。それは当然、有村奏海と二人という影響は勿論のこと、盗み見をした挙句盗撮までも働いてしまったことが原因で間違えないだろう。

そして俺のコミュ力のなさ及び陰キャ体質も少なからず影響はしているだだろう。だとしてもこんな美少女と所謂密室に二人きりでいれば当然ドギマギするのが男の嵯峨であろう。知らんけど。


「あの、すみません。俺もう一度ゴミ捨て行ってきます」


 そう一言だけ告げ俺はゴミ袋を手にして図書室を出ようと歩き始めた。すると


「まって。私もいっしょに行く。宮野君」


 有村奏海は今手にしていた本を棚にしまいてくてくとこちら側へ歩みを寄せてきた。


「さっき行けなかったから私も行くよ」

「いや、でも、そんな二人で行くような量でもないですし・・・。」


 それもそのはずだった。掃除を開始してからものの数十分ででたごみの量なんてたかが知れていた。二人で行く行かない云々以前に捨てに行く必要すら皆無だった。


「まあまあ確かにそうだけど別にいいじゃん。ちょっと外の空気吸いたくなったの。宮野君もそうじゃないの?だってそれあからさまに捨てに行くような量じゃないでしょ」


 気づかれてた・・・。何が面白いのかゴミ袋を指さしてクスクスと笑っていた。やっぱ可愛らしいなその笑顔。

 しかしこの状況下において特に断る理由も見当たらない。


「別にあ、有村さんが良いならいいですけど」

「やったあ。あと有村でいいよ」

「り、了解・・・です」


 俺は早まる鼓動に気づかれまいと平静を装いながら対応していたが体は正直だった。顔の周りが嫌に熱い。そんな俺をよそ目に二カっと笑いかけてくる。なんだこのかわいい生命体は。あざといはあざといのだが嫌な気はしなかった。



*****




「ねえ、宮野君っていつも敬語なの?」

「いや、そんなことないですけど。初対面の人にはなんか敬語になっちゃうんですよね」

「そうなんだ~別に敬語じゃなくてもいいよ。もう初対面じゃないし」


 廊下を歩きながら有村奏海はそんなことを言ってきた。有村奏海は愚か他の女子の前ですら片言や自然に敬語になってしまう俺にはベリーハードだった。


「ま、まあ。善処します」

「ぜ、善処?ぷっ、あははははははははははははは 宮野君って面白いね!変人だね!」


 へ、変人・・・。初めて絡んで小一時間で変人認定・・・。心にきます。はい。


「へ、変人ではないとおも―――」

「あ、あとさ!」


 会話を遮らないでくださいよ。


「なんで私のこと知ってるの?有村だって」


 流れが変わったと思ったら顔をグイッと近づけていきなりそんなことを聞いてきた。まあ別にこれといって濁す理由もないのでありのまま伝えた。


「ま、まあ。有名ですよ普通に有村さ――有村は」

「んーー有名かあ。私、有名なのかあ。」


 そるとすうっと顔を前に向け細くつぶやいていた。


「じゃ、じゃあなんで有村は俺なんか名前知ってたんですか」


 単純明快な話俺はスクールカースト上では下の下。もはや入ってすらいないのではと思うほどに陰キャでボッチだ。そんな俺を有村奏海が知っていた。普通に気になる。


「私、よっぽどの人がいない限りはこの学年の人ほとんど顔と名前一致するよ。さすがに他学年となると全然だけど」

「そうなんですか」」


 よくあるライトノベル展開のように実はあなたのことが気になってましたパティーンはなかったようだ。


 そう話を進めているうちに外へ着きゴミ捨て場へ向かった。


「さむ」

「さむ」


 まだまだ冬だ。三月なんて冬だ。

 心なしか少し早足になる俺たちはゴミ捨て場へ着いた。時刻は大体六時前だろうかそろそろ日が落ちてきて辺りも薄暗くなってきていた。部活動にいそしむ生徒たちはグランドの整備や終了のミーティングなど様々だった。


「ねえ。」


 そして本日二回目のゴミをゴミ捨て場のかごに放り込み帰ろうとした瞬間だった。有村奏海が神妙な面持ちで突然話しかけてきた。


「さっき私が図書室へ遅れてきた本当の理由知ってる?」

「え?」


 ドキリとした。


「え?自習してたんじゃないんですか?」


 極力の笑顔を作りそう返答した。手汗がやばい。


「あれねぇ。実は嘘なんだ」


 「てへっ」といわんばかりに悪戯な笑みを浮かべていた。何が言いたいんだ。


「う、うそ?そ、そうなんですか。あ、忘れてたとかですか?俺もそういうことよくあ――」

「私は宮野君がゴミ捨てから遅れた理由知ってるよ」

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