有村奏海という少女②

そこにあった有村奏海という人物は本校生徒皆が知っているような才色兼備少女とは程遠いものでありどうしてか俺は「親近感」を少しばかり抱いてしまった。まるで雪女の愛称がふさわしいがごとくどこまでも冷徹で何を思っているのかわからないその表情は何とも美しくそしてとても儚げに満ちていた。


しばらくしてからすっと有村奏海は頭を挙げた。そこには「いつも通り」の有村奏海が立っていた。


「そ、そうですよね、、、。いろいろと忙しいですよね」


有無を言わせぬかのような綺麗でかわいらしく純粋無垢なその笑顔はただでさえ上がっている男子生徒の思考を鈍らせるには十分すぎるほどだった。断りという前提を提示したまま有村奏海は男子生徒の言葉に応じた。


「まあ、そうですね。来年からは生徒会にも入りたいなって思ってて、忙しくなるかもですね」


「ふふっ」と男子生徒へ笑みを浮かべながら優しく語りかけていた。そこには全く負の感情といったものは含まれておらず、あくまで聞かれたから答えたといわんばかりの回答だった。

そして「そ、そうなんだ」と未だに緊張しているせいか歯切れの悪い会話を続けていた男子生徒は納得したかのように言い放ち「用事があるのに時間ありがとう」とだけ伝えその場を後にしていた。立ち去る瞬間に見えたその男子生徒の表情はまるで告白が成功したかの如くとても清々しく何処か凛々しかった。


沈黙の時間が続いた。


当の有村奏海はしばらくその場に立ちすくしていた。


そして少し遠目からだったからはっきりとはしないがどうしてか彼女の頬には涙が流れていた。その頬を伝う涙は一欠けらのダイヤモンドのように輝いていてどうしてか心が惹かれてしまった。

そしてなぜか俺はスマホを無意識のうちに有村奏海に向けマナーにして写真を撮った。それは言うまでもなく正真正銘のただの盗撮だった。

「や、やってしまった・・・。」無意識のうちとはいえこんなことは到底許されるべきことではなかった。直ちに撮った写真を消そうとフォルダを開けた。でもどうしてか俺は消去のアイコンを押すことが出来ないままでいた。―――だってその写真に映しだされていたのは完璧ヒロインの名が板についた有村奏海ではなくただのか弱げで儚げでまるで悲劇のヒロインかのような少女だった。でもとてもきれいで繊細で魅力的だった。

 俺は少しばかり考えその場では消去はやめた。どうしてか消去できなかった。


有村奏海ははっと我に返ったのかそそくさと自分のスカートのポケットから水色のハンカチを取り出し涙をぬぐい始めた。

ひゅ――――。と風が吹く。


まるで彼女の涙を乾かすかのような少しばかり温かい春風のようだった。

有村奏海は少し乱れてしまった髪を手で整えながら歩き始めた。――瞬間。


「あっ!かなっちー!やっと見つけた!もう~めちゃくちゃ探したんだからね?!」


すると突然現れたポニーテールがよく似合った女子生徒ははあ、はあ、と息を切らしながら有村奏海に近づいて行った。状況から察するにどうやら彼女を探していたらしい。


「ど、どうしたの?菜月美なつみこんなところで」

「いやいやいやそれはこっちのセリフだって!かなっちがまさかこんなところで仕事すっぽかして胡坐書いてるなんてねぇぇ~そんな子に育てた覚えはないのよ私・・・。」

「し、しごt―――はっ!忘れてた!やばい急がなきゃ!」

「そうだそうだ急げ急げ~!」

「あんたは部活でしょ。ついてこなくていいから」


どうやら彼女には先約の何かしらの用事があったらしく一向に来ない有村奏海に対してしびれをきらしたのだろう。わちゃわちゃとじゃれあいながら事を進めていた。

彼女は用事を忘れているとのことだったが、先ほどの男子生徒との会話の中で「用事があるのに―――」なんていう会話がつい先ほど繰り広げられていたのにもかかわらず、彼女の慌てっぷりからするに今の今まで本当にその用事のことを忘れていたのだろう。だとしたらきっと男子生徒のほうの会話を聞き漏らしていたのか、極度の忘れんぼさんなのか、あるいは―――聞いてすらいなかったのか。


「じゃあ、私はかなっちを見つけたことだし部活に戻るとしますかぁ」

「というか、なんでここに私がいるってわかったの?」

ポニテ生徒がにやりと笑う。

「それ私に言わせるの~?かなっちが自分の仕事放り出すわけないし、大体察しわついてますよーだ。ほんと隅に置けない美少女だこと。これで何人目だ!このこの!それとまあ、この学校で人目がつかないところっていったらここくらいしかないもんね~だ」

「ちょ、やめてよ~」

ポニテ生徒は肘で有村奏海を小突きながらケラケラと楽しそうに笑っていた。きっとあの二人は仲がいいのだろう。


「ほいじゃ、わたくしめは部活に戻りまする!」

「うん。わざわざありがとね菜月美」

ビシッと敬礼のようなしぐさをし、そう笑いかけポニテ生徒は小走りでその場を後にしていった。有村奏海はそのを後姿を見送るようにして小さく手を振った。


その立ち振る舞いは皆が知っている有村奏海であり、どこまでも有村奏海だった。


しかしあの瞬間一瞬ではあったが見えたあの無表情。そして涙。当然気にならずにはいられなかったが別にどうしろというまでもなくそっとわが身にしまっておくかなんて意味不明な気持ちに俺はなっていた。


そして彼女はこの場を何事もなかったように立ち去って行った。

それに伴い俺ははっとしてポケットからもう一度スマホを取り出し時間を確認した。ゴミ捨てへこの場に訪れてから大体15分が経過しようとしていた。「まずいな」とは思いながらも俺は中腰でかがんでいた重い体をんんんーっと伸ばしてから少し小走りで図書室へ戻った。





ゴミ捨てでなぜこんなに時間がかかってしまったのかの言い訳を考えながら俺はのそのそと一階から二階へつながっている階段を上がっていた。さすがに告白現場の盗み見をして挙句の果てに盗撮して遅れましたなんて口が裂けても言えない。いやまあ、口が裂けるんなんてことになったら全然言いますけれどもね。


図書室へだんだんと足を運び進めているとその室内からどうやら誰かと会話をしているのだろうか司書の先生の声が聞こえてきた。まあ、特に関係はないと思ったので思いついた言い訳を口に出しながら図書室の扉を開けた。


「遅れてすみません。ゴミ袋が急に破けt―――、え?」


 そこには先ほどのシチュエーションとは違えど深々と丁寧に頭を下げていた『有村奏海』の姿があった。もしかしてさっきの用事って・・・。

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