14.先輩と登山の話
俺の目の前でよくないことが展開されていた。
郷土史研究部の部室には沢山の本が置いてある。中には漫画とか小説の部活動に関係ない物も沢山ある。
問題はここ数日、二上先輩が読んでいるジャンルだ。
登山、である。
レスキューもの、山メシもの、普通の登山物。先輩は部内にあった登山関係の漫画や小説のみならずガイドブックまで目を通していた。
そもそも何でこんなに登山関係の書籍が豊富なんだと思うが、今はそれはいい。
二上先輩は登山に興味を持っている。
山登りは女子同士で気軽に行きにくい趣味だ。多分。
すると、目の前にいる後輩である俺に話しが振られる気がする。
というか、たまにこっちをチラチラみたり、さりげなく俺の机の上に登山雑誌を置いてアピールしてきてるので間違いなく来る。
できるだけ無視しているけど、それも限界が近い。
そして、時は来た。
先輩は雑誌から目を離し、俺に向かって言う。
「ねぇ、納谷君。北アルプス……」
「行きませんし登りませんよ」
俺は即答した。北アルプスって上級者向きのところじゃないか?
「なによ。私はまだ具体的なことは何も言っていないというのに」
「じゃあ、何を言おうとしてたんですか」
「今度一緒に北アルプス登ってみない? 槍とか」
「行きませんし登りません」
というか登れません。
「なによ。せっかく私の方から誘って自然の美しさ、登山の素晴らしさを伝道しようと思ったのに」
「いや、伝道って先輩も登山したことないですよね。初心者ですよね。せめてもっと無難なところを薦めてくださいよ」
「……無難なところならいいのね?」
しまった。これは最初に無茶な条件を出してハードルを下げていく交渉テクニックだ。
計られた。これでは俺は楽なところなら登山に言っていいと言ってしまったようなもの。
「ま、まあ。楽そうなところなら考えてみます」
登山なんて朝早くて疲れそうなんで、割と嫌だけどな。
「そういうことなら仕方ないわね。ライチョウは諦めるわ」
この人マジで北アルプス行く気だったのか……。
先輩は登山のガイドブックをぺらぺらめくりながら言う。
「そうね。登山初心者で体力もない納谷君でも平気そうなところは……」
「いや、先輩だって初心者だし体力もないでしょ」
「私、マラソンは得意だから」
「そうですか……」
初心者というところは否定しなかった。変に体力に自信があるから難易度あげてたのか。危ない。
「うん、筑波山なんてどうかしら? 百名山よ」
「いきなり県外じゃないですか……」
しかも百名山って称号がついてるのがきつそうだ。
「筑波山はね、標高1000メートル以下の唯一の百名山なの。しかも、山頂までロープウェイまで整備済み。なんなら登山せずに景色だけ眺めて帰ってこれるわ」
「へぇ、それならいいですね」
いきなり山頂の時点で登山でもなんでもないが、景色がいいというのは興味がある。
「山頂からは関東平野が一望。ちょっとした日帰り旅行ね」
「いいですね。山を登るかはともかく、楽しそうです」
俺が前向きな返答をすると先輩は途端に表情を明るくした。
「そう、そうなのよ! まずは雰囲気を楽しみましょう。ちょっと真面目に計画してみるわね」
「俺も手伝いますよ。何かできることがあれば」
そう言って席を立って先輩の近くに行く。
ふと、ガイドブックのページが目に入った。見出しは『筑波山で最高の夜景を楽しもう』みたいなデート特集だ。
「あの、これ……」
「楽しみね。筑波山の夜景」
楽しそうにスマホで情報チェックをし始める先輩。声も表情も浮ついている。
「いや、俺と二人で夜景を見にいくのは駄目ですよ」
「えっ……」
なんでそんな衝撃を受けてるんだこの人は。
「いや、二人でそこまで行ったら泊まりになっちゃいますし。問題ですよね?」
俺は正論を言った。そもそも同じ部活とは言え男子と外泊なんて先輩の両親は許さないだろう。
「……う、そこはなんとか……。誤魔化して」
「誤魔化していくようなものは駄目です」
俺が断言すると、先輩はしばらく頭を抱えた後、ぐったりとうな垂れた。
「そうね。流石にこれは駄目ね」
どうやら諦めてくれたらしい。
「じゃあ、別のところにしましょう。近くて、景色が良くて、楽なところで……」
先輩はすぐに立ち直った。
その後、交渉力を駆使して『そのうち近くにでかける』まで話の内容を落とし込んだのだった。
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