13.先輩と友達

「そういえば今日、納谷君を見かけたわ」


 その日の部室での会話はそんな風に始まった。

 俺がちょっとした用件を済ませて席につくなり、文庫本を読んでいた二上先輩が口を開いた。

 多分、一人で退屈していたのだろう。


「奇遇ですね。俺も先輩を見かけました」


 移動教室の途中で先輩を見かけた。それだけだ。よくあることだ。


「私ね、安心したの。納谷君にクラスで話す友達がちゃんといて」

「俺を何だと思ってるんですか……。普通にクラスじゃ話すし友達もいますよ」

「えっ……」


 わかりやすく目を見開いて動揺する先輩。これ以上ないくらい無礼だ。


「そ、そうよね。納谷君だって十年以上人間やってるんだもの。親しい男友達の一人や二人いるわよね。いいことよ」


 そこでなぜ『男友達』というワードが飛び出すのは謎だが、先輩は自分に言い聞かせるように早口でそんなことを言った。


「もしかして、俺がクラスで孤立してるとか友達いないと思ってましたか? 普通に学校生活送れてますよ。多分」


 友達が沢山いるわけでもないし、特別親しい友人なんて数えるほどだがな。


「なるほど。なかなかやるわね、納谷君……」

「微妙に俺に対する印象を話さないで誤魔化そうとしてますね」


 自分が不利になるようなことは名言しない。卑怯な手だ。


「そういう先輩はどうなんです? 今年転入したばかりですし。友達はできてますか?」


 無駄な質問とわかりつつも何かムカつくので俺はそう返した。

 クラスメイトからの話で先輩がクラスに溶け込めていることは知っている。

 しかし、言わずにいられなかったのだ。


「……とも……だ……ち?」


 予想外の反応が返ってきた。

 まるで「友達」という言葉を初めて聞くみたいな怪訝な顔で、頭を斜めに傾けて俺を見つめてくる先輩。


「いや、なんでそんな反応を? 一緒に出かける相手もいますよね?」


 前に先輩とそんな話をした気がする。見た目も目立つし外面の良い先輩は、それなりの人間関係を構築し、学校生活を送れているはずだ。


「……え、ええ。そうね、一緒にカラオケいったら買い物したり、色々と話す相手はいるわよ。うん、それは客観的に見て友達よね。そう、友達よ?」

「なんで最後疑問系なんですか。というか、どういう認識だったんですか」

「うーん………」


 俺の疑問に対して二上先輩は思った以上に考え込んだ。


「……………わかった」

 

 数分考え込んで、ようやく結論が出たらしい。


「こうなんていうかね。私と彼女たちの関係は薄くて浅い、ビジネスライクなものなの。何というか、高校卒業したら縁が切れる。そういう付き合いだと割り切ってやってるわ」


 どういう思考経路でそんな結論に至れるんだ。

 先輩と遊んでる人、これ聞いたら泣くぞ。


「いやあの、先輩。それは向こうは先輩のことを友達だと思ってますよ、きっと……」

「え、そういうものなの? でも、私としてはあまり深入りしない方が気楽ではあるのだけれど……」


 そんなに人間関係を構築するのが嫌なのか。過去に何かあった……、この人の場合ありそうだな。


「まあ、考え方としてはありかもしれませんね。そういうの」


 あまり相手に深入りせずに距離感をキープする。

 そういう生き方もあるだろう。


「流石は納谷君。わかってくれるのね」

「ええ、つまりは俺と先輩の関係みたいなものでしょう?」


 二上先輩は学校一の美人。ここに通うのも校内の面倒ごとを避けて静かに過ごすためだと俺は理解している。

 噂レベルだが先輩の苦労は耳にするので、その辺りは尊重してあげたい。


「……納谷君。そんな風に思ってたの?」


 なんだか、先輩が凄い顔でこちらを見ていた。

 怒りと悲しみと失望と絶望が入り交じった、複雑な感情がそこから見て取れる。

 人間にこんな顔が出来るのか。と俺は密かに思った。


「え、俺も浅くて薄い関係の一人だと思ってたんですか」

「それは違うわ。そんなこと……だって……」


 俺の言葉を否定し、何かを言いかけて先輩は止まった。

 それから先輩は軽く息を整え、怒った口調で俺に向かって言ってきた。


「あのね。私の後輩は納谷君一人なんだから。そこは自覚しておいてちょうだい」

「……意味がわからないのですが」

「これ以上は言わないっ」


 そう言うと、先輩はそっぽを向いて自分の作業に戻ってしまった。

 

 今日の先輩は情緒不安定だな……。


 こういう時は時間という処方箋に頼ろう。

 俺はそう考えて、怒れる先輩をそっと見守ることにするのだった。

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