12.先輩とおもしれー女
「ねぇ納谷君。ちょっと言って欲しい台詞があるんだけど」
放課後の部室内。いつものように静かに読書をしていると、二上先輩が藪から棒に言ってきた。
先輩の手にあるのはスマホ。きっとろくでもないインターネット上の情報に触れたのだろう。
「台詞の内容次第ですけど。何を言えばいいんですか?」
「ふーん、おもしれー女」
なるほど。
少女漫画でちょっとやんちゃなイケメンが主人公の女の子に言う、いわゆるテンプレ台詞というやつだ。
現実に言う機会はなかなかない。よもや自分にそんな時が訪れるとは。
「……ふーん、おもしれー女」
「うん。やっぱり納谷君じゃ駄目ね。全然似合ってない」
「先輩が言わせたんですよ!」
俺が抗議すると先輩はニコニコ笑っていた。
くそっ、弄ばれた。なんて人だ。
「それで、何でいきなりこんなこと言い出したんですか」
「いや、実際に言ってるところを見たくて。面白かった」
「人で遊ぶのはやめてください……」
「まあまあ、お詫びに納谷君も私に何か台詞をリクエストしてもいいわよ。あ、いやらしいのはほどほどにね。先輩と言えど限度があるから」
後半、なんか顔を赤らめながら言っていた。なんだこの人。
「ふむ……。じゃあ、こう、一昔前のツンデレな感じで」
「微妙に細かい指定で難易度高くない。なんか話を振ってくれればやってみるけど?」
「じゃあ、今度どこかに出かけましょう。きっと楽しいですよ」
「えっ! ホント!? …………べ、別に本気にしたわけじゃないのよ! 嬉しかったわけじゃないんだから!!」
「すごい……」
パーフェクトな反応だ。流石は二上先輩。容姿端麗文武両道。演技もできるのか。
「完璧でしたよ。先輩の近寄りがたい普段の雰囲気とのギャップがあって、ちょっと可愛かったです」
「それ少しも褒めてないわよね。まあいいわ。それでね……」
そう言って、先輩が次の話題に移ろうとした時だった。
唐突に部室のドアが開いた。
「こんにちは。あの、二上さん?」
「はい? あら、貴方は園芸部の伊那さんだったかしら?」
「そ、そう。クラスメイトで園芸部なの。それでね、ちょっとお願いが……」
言いながら伊那さんとやらは室内に入り、スマホを取り出した。
画面を見ればイケメンが代わる代わる写るスマホゲーが起動している。
あ、これ二上先輩もやってるやつだ。
「ごめん。この前見えちゃった。二上さん、これやってるでしょ。しかも、私の推しキャラ最終段階まで覚醒してた。フレンドになってください」
「う……え……? い、いいけど……」
突然のことに狼狽えながらスマホを取り出す二上先輩。
自分がやっているゲームがばれていたこと、ついでに推しまで知られていたこと。それを俺の前でカミングアウトされたこと。
色々なことで混乱しているのだろう。
面白いので、俺はそっと見守ることにする。
「それとね、できればSNSのIDも交換しない? ちょっと話すだけでいいから。うざかったらブロックしてもいいから。同好の士に飢えてるの」
まさに飢えた獣の目をしながらスマホを突きつける伊那さん。
「う、それくらいなら……」
押し負けた先輩はあっさりとID交換を始めた。
目の前で強引にゲーム仲間が誕生しようとしている。
対処法がわからない俺には見守るしか無い。
「あ、ありがとう。やったー! ほんと嬉しい! 勇気出して良かった! あ、納谷君。二人きりの時間を邪魔してごめんね」
「いえ、それは全然気にしないでいいです。先輩に友達が出来て俺は嬉しい」
「納谷君……覚えていなさい」
一瞬、二上先輩が凄い目で俺を見てきたけど気にしないことにした。
「うん、うん。とにかくありがとう! それじゃあね! お邪魔しました!」
目的を達成したら用は無いとばかりに伊那さんは部室から去ってしまった。
後に残されたのはスマホ片手に呆然とする二上先輩と、何もできなかった俺だ。
とりあえず、伊那さんが消え去ったドア目掛けて、俺と先輩は同時に言葉を放った。
「ふーん。おもしれー女」
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