11.先輩と園芸部
一見暇なようで実際暇な郷土史研究部だが、ごく希に客が来る。
その日の放課後は、そのごく希な珍しい日だった。
俺と先輩がいつも通り思い思いに過ごしているとドアがノックされた。
珍しい現象に先輩は硬直し。俺は驚きつつも返事を返す。
「どうぞ」
ドアが開き現れたのはジャージ姿の女子だった。
色からすると二年生。茶色っぽい癖毛に穏やかそうな目元の優しそうな外見。
見覚えるのある人、というか知り合いだ。
「納谷君。ちょっとお手伝いを頼みたいんだけど。いいかな?」
「ああ、もうそんな時期ですか。ジャージに着替えていきますね」
短いやり取りで全ては了解された。
俺は席を立ち、ジャージの置いてある教室に向かうべく外に向かう。
「ちょっと納谷君。私に何の説明もないんだけどっ」
ジャージの先輩と外に出ようとしたところで二上先輩が鋭い声を飛ばしてきた。
「えっと、こちらは下村さんと言って園芸部の部長さんです。実は郷土史研究部と園芸部は縁がありまして、畑を耕す時期とサツマイモの収穫の時期に手伝いをするのです」
「初耳よ……。というか、部員の私を置いていくなんてどういうこと?」
「えっ、先輩も来るんですか?」
「えっ、二上さんも来るの?」
俺と下村先輩が同時に同じ反応をした。
「なんで二人して同じ反応なの。私だって部員として活動するわよ。なんか楽しそうだし」
「ごめんなさい。二上さん、東京の人だから汚れるのが嫌かと思って」
「すいません。先輩の性格的に、そういうの嫌がると思って」
「そんなことないわ。えっと、下村さん……でいいかしら? 私も手伝わせて。あと、そこの一言多い後輩は後でお説教だから」
「えぇ……」
とりあえず、郷土史研究部は全員で園芸部を手伝うことになった。二人しかいないけどな。
○○○
我が校の園芸部は校内の花壇とは別に結構広めの畑を持っている。
現在の部員は五名。顧問の先生と一緒に元気に活動している姿をよく見かける、割と知名度の高い部活だ。少なくとも幽霊部活状態の郷土史研究部とは大分違う。
一見縁の無さそうなそれぞれの部活だが、昔の先輩が仲良しだった縁で今も手伝いを頼まれるのである。
春先に畑を耕し、秋になったらサツマイモの収穫。報酬はイモとその時々の収穫物。
悪くない関係性である。
そんなわけで俺はジャージを着て軍手をつけるとせっせとイモ掘りに勤しんでいた。
芋掘りなど小学校の低学年以来だが、久しぶりにやるとなかなか楽しい。
「納谷。気を付けないと腰にくるからなー」
「はい。気を付けます。それにしても……イモ畑広すぎませんか?」
心配してくれた園芸部の顧問の先生に言いながら、俺は周囲を見回した。
サツマイモばかり植え付けられた畑が教室二つ分。園芸部の畑の半分はサツマイモだ。
手塩にかけて育てられたイモはよく育っており、大きめのやつがゴロゴロとれる。
楽しいが、終わる気がしない。
「ほら、サツマイモってあまり手間がかからないし。配ると喜ばれるからついな」
「そうですか……」
「後で分けるから、手伝ってくれ……」
「はい……」
口を動かしても何の解決にもならないので、俺と先生は黙々とイモを掘り返す。
「びっくりしたよー。二上さんが郷土史研究部なんて」
「そうかしら?」
「そうよー」
作業をしていると、すぐそばで女性と三人で固まっている二上先輩達の声が聞こえてきた。
二上先輩もジャージ姿に軍手だ。髪をまとめて上げており、完全に運動する構え。
下村先輩に教えて貰いながら、熱心にイモを掘り返している。
とはいえ、雑談くらいはするし、聞こえてくる。
「気になってたんだけど。あの部室で納谷君と二人きりなのよね? どういう話してるの?」
「基本的に本を読んだり好きにしてるかな。あ、でも雑談はするわよ」
「へぇ、どんな?」
「本とか映画の感想を話したりとか」
「あ、いいね。それで盛り上がっちゃったりして。こう、グッって」
下村先輩が謎の反応を示している。グッって何だ。
「言葉の意味はわからないけど。盛り上がることはあるかな」
「へぇー、じゃあ納谷君とは結構仲いいんだね。ちょっと意外かも」
「意外?」
「二上さん、ちょっと孤高な感じがしたから」
その意見には同意だ。先輩はちょっと近寄りがたい雰囲気があった。
「そんなことないわよ。変なのでなきゃ普通にするわ」
「変なのって……。じゃあ、納谷君は変なのじゃないのね」
「ええ、そうね、納谷君は……」
先輩は少し考えた後、
「面白い玩具ってところかしら」
とんでもない発言をした。
マジか。俺は玩具扱いか・・・・・・。
愕然として作業の手がとまった。
「納谷……。女は恐いぞ」
それを見ていた顧問の先生がぼそりと呟いたのが一番恐かった。
○○○
その後、作業を終えた俺達は着替えて部室に荷物を取りに行った。
「あ、あのね納谷君。さっきの畑でのことだけど」
制服姿だが髪を上げたままの先輩が慌て気味に話しかけてきた。
「はい。俺が先輩の面白い玩具って話ですね」
「ちがっ。あれはそう、話の流れというか、その場のノリっていうかね」
「ああいう時に本音って出ますよね」
「違うの。違うのよ納谷君……あれはちょっと見栄をはったというか」
微妙に涙目になりながら先輩が俺に何かを訴えていた。
俺はため息をつき、静かに言葉を吐く。
「知ってますよ。先輩の性格くらい。……半分は本気でしたよね?」
「…………」
俺の問いかけに、先輩はしばらく考えた後、
「……うん」
と答えた。
「帰ります」
「あ、ちょっとまって。もう一度チャンスを! チャンスを!」
ベタな悪役みたいなことを言い出した先輩を置いて、俺は部室をさっさと出るのだった
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