10.私と後輩の距離感
なんとなくだが、距離を感じる。
私と部活の後輩である納谷君のことだ。
放課後の郷土史研究部の部室、いつもの席に座ってスマホを操作しながら、私は漠然とそんなことに思いを馳せていた。
今日も納谷君は机で静かに読書をしている。いつもの光景だ。
納谷君とは雑談もするし、連絡先を交換するくらいの仲にはなった。
しかし、それなりに仲良くなっているはずなのに、微妙に距離がある気がするのだ。
「ふーむ……」
私が困ったようにうなってもまるで無反応だ。どうせ「またソシャゲかくだらないことでも考えているんだろう」と思っているんだろう。7割正解だが。
「納谷君。私の代わりにガチャ回してみない?」
「嫌です。この前、理不尽な目にあいましたから」
これだ。
いや、あれは確かに私が悪い。ビギナーズラックを信じてガチャを回させて爆死した後に軽くなじってしまったのだ。後で反省して謝った。
とはいえ、納谷君の態度に微妙な線引きのようなものを感じるのは確かなのだ。
これ以上は私に踏み込まない、どこかでそう決めているような気がする。
この前も私の個人情報にまるで興味を示さなかった。地味にショックだ。
別に納谷君との距離を縮めて極めて親密になりたいというわけじゃない。
そう、違う、違うのだ。そこのところは強調しておきたい。
でも、せっかく一緒の部室にいるのだから、もう少し気安くやり取りできる関係を構築できてもいいと思うのだ。
具体的にいうともう少し部活の先輩後輩らしくしてくれてもいいと思う。
さて、実を言うと、私はごく最近、心強い味方を得た。
『なんだかお兄さんが素っ気ない気がするんだけれど。良い方法はないかしら』
『あー、ごん兄はそういうとこありますからね。二上先輩相手でもぶれないですね』
スマホでやり取りしているのは納谷君の妹さんだ。
動画で会話したが、とても可愛らしい。兄妹でよく似ている。
『ごん兄も二上先輩が嫌いってわけじゃないと思いますよ。むしろ興味はある。余計な気をつかってあまり近づかないようにしてると思います。あと性格の問題』
なるほど。性格か。それはしょうがない。
『で、先輩がどうアプローチすればいいかですけれど……』
『別に好きだとか告白するとかそういう話じゃないのよ。ただ部活動を円滑に行うために円滑な人間関係が必要だと思っているだけで、他意はないの。だからアプローチというまるで私がお兄さんのことに何らかの感情を持っているような言い方は正しくないと思うのよ』
『あ、なんかすいません……』
しまった、つい『アプローチ』とかいう強い単語に反応して長文を書いてしまった。
『じゃあ、まずは好きな食べ物を奢るとかどうでしょう? ごん兄、私と先輩が連絡とってるのを嫌がってるはずですから。そのお詫びっていう感じで』
『なるほど。餌付けね』
『それです』
なかなか策士ね、妹さん。
『ごん兄は焼き肉が好きです』
『いきなり焼き肉は不自然すぎるわ』
たとえばこの場で「納谷君、焼き肉行きましょう。私の奢りで」と言ったら物凄く不自然だと思う。妹さんと仲良くなったお詫びとしても重すぎる。
『もうちょっと気楽なのでお願いします』
『駅前のたこ焼きが好きですよ。関西出身の人がやってる「ぬらりたこつぼ」っていうお店』
『それだ』
店名のセンスはともかくナイスな情報だ。これは役立つ。妹さんと仲良くなって良かった。 私はスマホから顔を離し、納谷君に向かって声をかける。
「納谷君、帰りに駅前のたこ焼き屋さんにいってみない? えっと、「ぬらりたこつぼ」っていうお店」
「なんで先輩がその店を……。ああ、妹ですか……」
納谷君の反応は早く、表情はわかりやすかった。多分、「俺の生活の中に妹というセキュリティホールが誕生してしまった」とか思っているのに違いない。
「その通りだけど。嫌かしら。妹さんと連絡させろって無理を言ったお詫びと思ったのだけれど」
「喜んでご馳走になります」
表情とは別に、返答ははっきりとしたものだった。本当に好きなのね「ぬらりたこつぼ」。
「納谷君。このたこ焼き屋さんの店名って……」
「俺もどうかと思いますが、美味しいので許します」
素っ気ない返事の納谷君だが、表情はどこか嬉しそうに見えた。
そのあと、二人で食べた「ぬらりたこつぼ」のたこ焼きは本当に美味しかった。
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