24.令嬢の裏の顔


「まあ。ライディス! 来るなら来ると言ってくれたら、あなたのためにとっておきのお菓子を用意したのに!」

 案内されたのは、コッセル侯爵邸の応接室。

 艶のある赤い唇で、にっこりと微笑むのは、コッセル侯爵令嬢であり、ライディスの従妹であるミラディアだ。

「ライディス、仕事で疲れているでしょうし、ゆっくりくつろいで頂戴」

 濃いグリーンのドレスは胸元が大きく開いていて、デコルテがきれいに見えるデザインだ。

 光沢のある生地は、ミラディアが大袈裟に動く度にきらきらと光を反射して輝く。

 金色の髪は複雑に結い上げられ、翡翠色の瞳はライディスを上目遣いでじっと見つめている。

 自分を美しく魅せる術を、彼女は知っている。

 そして、その美しさを武器にして、人を動かす。

 それが貴族の令嬢としての普通だと、ライディスは思っていた。ジュリアに出会うまでは。


(彼女は、こんな風に俺を見てきたりはしなかった)


 怖がりなのに強がって、平気だと笑う。

 自分の責任だから、と心ない噂に傷つけられても怒らない。

 そんな彼女が、初めて自分に見せた弱さと涙。

 自分の前で無防備になったジュリアを愛しく思ったが、それ以上に彼女を傷つけた者への怒りが心を支配する。

 だから、ライディスはミラディアに冷たく言い放つ。


「そんな暇はない。ミラディア、単刀直入に聞くが、お前は先日ジュリアを襲った者と関係あるのか?」

「……どうしてそんなことを聞くのかしら? ジュリア様が男をたぶらかして部屋に招き入れたということは聞いているわ。ライディスという婚約者がいながら何てはしたない女でしょう」

「それ以上彼女を侮辱したら許さない」

「どうして、ジュリア様を庇うの! ライディスは騙されているのよ! これまで何人もの男性がジュリア様の毒牙にかかっているわ。いい加減、目を覚まして!」

「黙れ。俺を騙しているのはお前だろう?」

 静かに怒りを向けると、ミラディアは驚きに目を見開いた。

 まさかライディスに冷たく当たられるとは思わなかったのだろう。

 ライディスはミラディアの反応をみて、自分の中にあった仮説が正しかったのだと悟り、何を言われても腹立たしさしか感じない。

「そんな、どうして。わたくしは、ライディスのことを本気で、本気で想っているのよ。騙す訳がないじゃないっ! う、うぅ、酷いわ」

 大きな翡翠色の瞳に涙を浮かべて、ミラディアは大泣きする。泣けば、ライディスの怒りが静まるとでも思っているのだろうか。

「まず、忌々しいあの男を宮殿に誘導したとされる女官だが、彼女一人の犯行とは考え難い。宮殿内に入ってしまえば男を秘密裏にジュリアの部屋へと案内できるだろうが、厳重な王城を突破させるのは無理だ。だが、貴族の令嬢たちが関わっているなら話は別だ。王城に出仕している貴族を父に持つ令嬢ならば、王城内に入っても不自然ではない。騎士に話を聞けば、数人の令嬢たちに相談された小さなトラブルで、一時的に持ち場を離れたそうだ。そうしたトラブルで騎士の目を逸らし、男をまんまとジュリアの宮殿へ送り込んだ。あとは、女官がジュリアの私室へと案内すればいい。よくできた計画だな」

 ミラディアは、まだ大袈裟に泣いている。それ以上聞きたくない、と頭を振り、ライディスの情に訴えようとしている。

 しかし、ライディスは淡々と言葉を続ける。

「ジュリアに逆恨みしていた令嬢たちが、ある時からぱったりと騒がなくなった。それは、とっておきの復讐の手段を得たからだ。そして、復讐の手段を提示し、彼女らを統率していたのは、お前だろう」

 ライディスは、鋭くミラディアを睨む。

 ミラディアは、泣いても無駄だと悟ったのか、それとももう誤魔化せないと思ったのか、ライディスを見つめ返した。

 燃えるように強い感情を、その瞳に宿して。

「どうしてそう思うの?」

「俺が厳しくかん口令を出していたにも関わらず、王宮内に噂はいっきに広まった。噂話を広めるのは、令嬢たちの得意技だろう? だが、様々な思惑のある令嬢たちが素直に言うことを聞くとは思えない。だから、誰よりも身分が上で一緒にいることで自分も得をする人物が黒幕にいるのではないかと考えた。そんな影響力がある貴族令嬢は、ミラディア以外にはいない。お前は、今までにも俺に近づく女性を退けていたことがあるらしいな」

「ふ、ふふふっ……おかしい。ライディスったら、何を言っているの?」

 つい先ほどまで泣いていたのが嘘のように、ミラディアは腹を抱えて笑う。

 これには、ライディスも内心驚いた。

「たしかに、わたくしは誰よりも影響力のある貴族令嬢でしょうね。だって、わたくしが一番ライディスに近い女性だもの。でも、それだけでどうしてわたくしがそんな面倒なことをしなければならないの? 今までのことだって、証拠はあるのかしら?」

「証拠はないが、調べればいずれ分かることだ」

「うふふ。面白い冗談だこと。でも、そうねぇ。わたくしは何も知らないけれど、確かにジュリア様には痛い目にあってほしいとは思うわ。どうしてだと思う?」

 妖艶ながらに威圧感を持つ笑みを向けられ、ライディスは言葉に詰まる。

 今まで見てきたミラディアとは明らかに雰囲気が違う。

 こちらが、ミラディアの本性なのだろう。見ようとしなかった、従妹の裏の顔。


「お前は、王妃になりたかったんだろう?」


「それだけじゃ、こんなこと言わないわ。わたくしはね、本気でライディスを愛しているの。だから、いきなり出てきて悪女の噂のある女があなたと結婚して、王妃になるなんて、黙ってみていられる訳ないじゃない! なんて、ね……ふふ、わたくしは何もしていないけれど……」


 真っ直ぐに、愛していると告げられた。

 しかし、ライディスの胸には響かない。

 ライディスの心には、ただ一人の女性しかいない。

 それが分かったからか、ミラディアは悲し気に感情を吐露した。

 取り繕って笑ってみせるものの、どこか覇気がなかった。

 それだけ、ミラディアの気持ちが本物だったということだろう。

 ここまで、ミラディアを暴走させてしまったのは、彼女の気持ちに気付かなかった自分にも責任がある。

「……ミラディア、すまない。お前の気持ちには応えられない」

「やめて頂戴! そうやって謝られても、わたくしは惨めなだけだわ。だから、だから許せないのよ。あの女だけじゃない、ライディス、あなたのことも!」

 ミラディアは感情のままに叫び、ライディスを睨む。

「……わたくしをこんな風にしたのはあなたよ、ライディス。だから、幸せになんてさせない。愛していた大切な人を、誰かに奪われる哀しみを教えてあげるわ」

「ジュリアに何をするつもりだ!」

 反射的に立ち上がり、ミラディアを問い詰めるが、彼女はにっこりと笑うだけ。

「さあ、わたくしは何も知らないわ。だって、わたくしは仮定の話をしただけよ?」

 これ以上ミラディアに何を言っても無駄だ。

 ライディスはミラディアに背を向ける。

「ライディス! 行かないで!」

 そうして、去ろうとするライディスの腕を掴んだミラディアは、一拍の後に気絶した。

「お前は、俺の〈運命の相手〉ではないんだ」

 閉じた瞳から一筋流れる涙を見て、ライディスはぽつりと呟いた。

 


 王都ベリーシュルツは、飲食店や商店街、高級店などの様々な店が立ち並ぶロゼッティ地区と、王侯貴族たちの屋敷が立ち並ぶディーレント地区に分かれている。

 ディーレント地区に近づくほど、道は馬車が通りやすいように広く、整備されている。貴族たちの目の保養にと植えられた草花や木々にもきちんと手入れが行き届いている。ディーレント地区は、ドロドロとした貴族のいざこざはあるものの、表向きは風情ある落ち着いた地区である――のだが、そんなのどかな風景に似合わぬ猛スピードで駆け抜ける馬が一騎。


(ジュリア、どうか無事でいてくれ……っ!)


 ライディスは抜け道を使い、最短距離で王城に帰り着いた。

 そこで、ジュリアが宮殿からいなくなったという報告を受けた。


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