22.父王からの説教

 ジュリアの部屋を出て、ライディスは執務室で今回の事件について整理をしていた。

 手元には、ジュリアが襲われた時にあの場にいた人間の調査書がある。

 全員、正式に雇っている者で、素性の怪しい者はいない。

 王城に入るだけでも、いくつもの検問がある。

 それらをすべて素通りするのは、いくら女官の手引きがあったとて難しい。

 あの女官一人で考えた復讐とは考えにくい。

 それに、あの男は王都のはずれで小さな盗みやいざこざを起こすような小物のごろつきだ。王城で働く女官は下級貴族の出が多い。

 そんな女官がわざわざごろつきを雇うことを考えるのだろうか。

 裏で操っている人間がいるはずだ。

それは、ジュリアを狙う者か、ライディスの結婚を認めない者か。はたまたその両方か。

 一瞬、ミラディアの顔が思い浮かび、ライディスは苦い気分になる。

 自分の従妹が、そこまでの馬鹿ではないと信じたい。


(ただ、気になるのはベロニカ嬢がいることだ……)


 頭を振った時、執務室の扉がノックされた。


「ライディス様、厳しくかん口令をしいていたにも関わらず、ジュリア様の噂が広まっています。今回の件で、国王陛下がお呼びです」

「なんだと? 父上が……分かった。すぐに行く。それよりも、何か新しい情報はないのか」

 王族と結婚するのにふさわしいか、ふさわしくないかは運命神が決める。

 だからこそ、王となる者は〈運命の相手以外に触れられない運命〉を背負う。

 しかし、はじめから運命の相手がすんなり受け入れられる訳ではない。

 運命神ディラは悪戯好きだ。

 今回の事件は、運命神が用意した恋の障害物なのかもしれない。頭が痛い。

 ライディスはこめかみを抑え、部下に調査結果を聞く。

「……あの場にいた者は、ベロニカ様が来客として訪れたことで護衛や世話係として居合わせた、ということしか分かっていません」

「ベロニカ嬢が何故あの場にいたのかは?」

「ジュリア様と仲良くなりたかったから、ということしか」

「そうか。引き続き、情報を集めてくれ」

 騎士は頷き、執務室を出て行った。

 それを確認して、ライディスは大きなため息を吐く。

 将来王妃となるジュリアと仲良くなっておくことは、今後の社交界において重要だ。

 ジュリアは今まで社交界にほとんど顔を出していない。

 結婚前にいち早く取り入っておこうということだろう。

 ベロニカは、大臣の中でもコッセル侯爵家に次ぐ力を持つヴォルター侯爵家の出だ。

 日々情勢の変わる社交界でうまく立ち回るためには、誰につくのか、という見極めは大事だ。

 ミラディアが王妃にならないのだから、ジュリアの方に鞍替えをしてもおかしくはない。

 言葉通り仲良くする訳ではないだろうが、言い分は理解できる。


「だが、逆にミラディアを王妃にするために手を貸している可能性もある……」


 ライディスの知らないところで、色々とやっていたらしいミラディア。

 すべてが嘘だと思いたいが、レイナードが言うのだから、実際にミラディアが裏で何かしていたのは確かだろう。

 その矛先がジュリアにも向けられたのだとしたら、ライディスは従妹であろうと容赦はしない。

 父からの呼び出しに応じるのが面倒だが、王命には逆らえない。

 ライディスが立ち上がると、ノックもなしにレイナードが入ってきた。

「おい、国王陛下がライディスはまだかって駄々こねてたぞ。しっかし、お前が散々脅してかん口令を敷いていた話が国王陛下にまで届くってのはおかしな話だな」

「あぁ。誰かが意図的に噂を広めているのは間違いない」

「だとすれば、今捕らえている女官一人では無理な話だ。共犯者がいるな……。ミラディア様を見張らせていた部下からは、特に怪しい動きはなかったとのことだ。ひとつ、悩みの種が減ったか?」

「そうだな。だが、ミラディアとは俺が直接話す」

 ミラディアを疑っていることを、レイナードはお見通しだったらしい。

 その言葉に頷くと、レイナードは陽気に笑った。

「ま、犯人はすぐにわかるだろ。お前が本気出せば誰も逃げられない」

「あぁ。そう願いたい」

 心底めんどくさいと思いつつも、自分を呼びつけた父王のもとへライディスは向かった。


 * * *


「ライディス、どういうことだ! お前の可愛い婚約者が襲われたそうじゃないか。それも、この王城内で! 愛する女性を他の男の手に触れさせるとは、わしの息子はなんと不甲斐ない! 王城でありながら守れぬとはどういうことだ! ジュリアちゃんは無事なのか!?」


 開口一番、国王は声を荒げてこう言った。

 それにより、ライディスは心の中で安堵の溜息を吐く。


(やはり、父上は噂話を信じていない)


 広まっているジュリアの噂は、王子と婚約しながらも多くの男を自室に連れ込んで遊んでいるという類のものだ。

 もしそれを信じていたなら、父はもっと違う怒り方をしたはずだ。

 運命の相手の心をしっかり掴んでおけ、というような。

 普通なら、そんな噂が立つ娘は王族に迎えるのにふさわしくない、というような話が出るはずだが、ケースティン王家でははっきりと〈運命の相手〉が分かってしまうため、いかにその相手を捕まえておくかに重点が置かれる。

 王となる者はただ一人の運命の相手に逃げられたらおしまいだが、その相手は他にも可能性があるのだ。

 過去に〈運命の相手〉が王族を捨てて駆け落ちした、という話もない訳ではない。

 だからこそ、王家の者は愛情深く、運命の相手に尽くす。

 ただ一人の相手を幸せにすると心から誓う。

 そんな話を子守歌のように聞かされながら育ったが、ライディスはジュリアに出会うまでずっとそれを疑っていた。

 運命の相手だからと簡単に愛せるはずがない、と。

 しかし、やはり実際にジュリアに会った今ならわかる。

 心から愛する人に出会えた幸せと、自分以上に相手を幸せにしたいという気持ち。

 そして、自分の側にずっといてほしいと切に願う。


「あぁ、騎士団長を務める王子でありながら、婚約者さえ守れぬとは……!!」


 ここは謁見の間ではなく、王の談話室だ。

 謁見の間とは違い、王のプライベートな空間である。

 だからこそ、父は顔を真っ赤にして地団太を踏んでいるのだ。

 母がいないから、誰もこうなった父を止められない。

 どちらにしろ、ライディスが怒られることに変わりはない。

 もちろん、ジュリアを危険な目に遭わせたのは自分の責任だ。

 そんなこと、父に言われずとも分かっている。

「ご心配をおかけして申し訳ありません、父上。ジュリアは無事です。信頼できるジュリアの友人を侍女にしましたので、少しは心も晴れるかと」

「そうか。結婚式はもう三日後だが、大丈夫なのか」

 心配そうに問う父に、ライディスは力強く頷いた。

「はい。もうこれ以上の延期はできません。本日中にこの件に関わった者すべて明らかにします」

「ライディス、犯人捜しも必要だが、一番大事なのはジュリアちゃんの心だ。お前が側にいていっぱい愛してやるんだぞ」

「…………」

「何故返事をせんっ! 愛しい女性を前にして、まさか愛を囁いていないのではあるまいな! 女性というのはな、毎日愛の言葉が欲しいものなのだ。そして、男も愛する女性に触れていたいものだろう? まだ婚約中といえど、お前が愛情を注いでやらねばジュリアちゃんは不安で泣いているに違いない。今すぐ抱きしめて、愛していると伝えてこいっ!」

 今すぐに! という勢いのままに追い出され、ライディスは大きなため息を吐く。

 こういう話の流れになるかもしれないとは思っていたのだが。

 かなりダメージが大きい。

 いきなりジュリアに愛していると言って抱きしめでもすれば、一瞬で自分に対する信頼度が氷点下に達する。

 せっかく触れ合いを許してもらえるようになったのに、絶対逃げられる。

 それだけは避けたい。

 少しずつ、ジュリアの心を開いて、自分を好きになってもらうのだ。

 王子だからと言い寄ってくる女は大勢いたが、ライディス自身の恋愛経験はゼロだ。

 どのようにして女性を口説けばいいのか分からない。

 以前、レイナードに相談すると、難しいことは考えずに誠実に優しく接することだと言われた。


(そもそも、男色家だと思われている俺は恋愛対象でもないんじゃないのか……?)


 いつその誤解を解くかもまだ決めていない。

 それに、ライディスがジュリアを本気で愛していることもいつか伝えたい。

 だが、今は目の前のことに集中だ。

 ライディスは意識を切り替えて、ミラディアのいるコッセル侯爵家へと足を向けた。


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