19.王子の誓い

 扉を開けて、その光景を目にした時、自分自身が嫉妬や怒りで燃えてしまいそうな錯覚に陥った。

 しかし、無骨な男の下から助けを求めるように伸びた細く白い手を見て、ライディスは一瞬で冷静になった。

 がたいの良い男の身体を拳一発で弾き飛ばし、その下に埋もれていた美しい人の姿を確認する。

 その瞳が恐怖に震えているのを、ライディスはすぐに感じ取った。

 部屋にまだ彼女を怯えさせた恐ろしい男がいるからだ。

 全員を外に出して、彼女に一言謝罪して、すぐに自分も出るつもりだった。

 ライディス自身、彼女を怯えさせる男なのだから。

 それなのに、どういう訳か彼女はライディスを責めることなく、とんでもないことを言い出した。

 元々、とんでもない発言をする娘だとは思っていたが、抱きしめてほしいと言われた時にはライディスの心臓はおかしな音を立ててしまった。

 しかし、彼女は気丈に振舞ってはいたが、本気で怯えていた。無理もない。あれだけ恐れていた男に襲われたのだから。

 彼女にとって、今頼れるのは自分だけなのだ。

 侍女や女官、貴族令嬢も、誰も彼女の味方ではなかった。それが、先ほどの対応を見てライディスにも分かった。彼女は、この宮殿で本当に独りだったのだ。男であっても、男色家であると信じているからこそ、彼女はライディスに安心を求めたのだろう。

 そこまで、彼女を追い詰めてしまった自分が憎い。

 しかし、そんな自分でも彼女の心を少しでも安心させてやることができるのなら—―。


 ライディスは、震えのおさまらない彼女の身体に、そっと腕をまわす。

 少しでも力を入れたら、淡雪のように儚く消えてしまいそうなくらい、彼女の身体はか細かった。

 それでも、少しずつ、安心させるように優しく、これ以上ないくらいに優しく抱きしめる。

 そのうち、ライディスの腕の中で、彼女は涙を流し、疲れ果てて眠ってしまった。


(……あの男、絶対に許さない)


 こんなにも繊細な彼女の身体に覆いかぶさり、乱暴を働いたことを、一生後悔させてやる。

 ライディスは彼女の腕に痛々しく残る痣を見て、心に決めた。


「もう、あなたを誰にも傷つけさせたりはしない」


 彼女のミルクティー色の柔らかな髪をひと房すくい、ライディスは誓いのキスを落とす。

 初めて触れた時から、ライディスの心はジュリア・メイロードという女性に奪われていた。

 運命神の運命に従いたくなくて、自分自身の気持ちを誤魔化していたけれど、他の男が彼女に触れているのを見た瞬間、心までも運命に縛られていたことに気付いたのだ。

 触れられる〈運命の相手〉だから好きなのではない。

 ジュリア・メイロードだから、ライディスの心は奪われたのだ。

 今は、そう思える。


 だからこそ、もどかしい。

 彼女の心を守りたい。

 彼女を傷つけるなにものからも、自分が守りたい。

 しかし、ライディスは男だ。

 ジュリアの身体に触れ、その柔らかな感触やぬくもりを感じてしまった。

 もっと、触れたい。そう願わずにはいられない。

 どうか、彼女にも自分を好きになってほしい。

 そんな欲望があふれてくる。



「どこまでなら、俺はあなたに近づいても許される……?」


 ベッドに横たえ、ライディスはジュリアの寝顔を見つめる。その顔には、かなりの疲労が浮かんでいた。彼女をここに独りにした自分の責任だ。

 彼女に近づきたいが、それはこの責任を取ってからだ。

 もう、彼女を独りにはしない。


 ライディスはある決意とともに、ジュリアの部屋から出て行った。


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