16.不穏な動き
他人の悪口を言う女は、嫌われる。
だから、ミラディアはライディスの前ではジュリアの悪口は何も言わない。
とても良い方ですわね、と笑ってみせることもできる。
しかし、そんなお世辞に対して、ライディスは本気でそうだろう、と頷いたのだ。
「ライディスは本気であの女を愛しているというの? すぐに目を覚まさせなければいけないわ」
ライディスと別れたその足で、ミラディアは侍女と共に馬車に乗り込む。
到着したのは、とある貴族の屋敷。
「ようこそお越しくださいました、ミラディア様」
にっこりと微笑み出迎えてくれた貴公子に、ミラディアも微笑む。
応接室に案内され、ミラディアは苛立つ心のままに早口で尋ねた。
「早速ですけれど、人数は集まりまして?」
「えぇ。そちらも、準備は整いましたか?」
「わたくしの方も問題はありませんわ。ジュリア様も、あなたのところへ早く戻りたいと言っていますわ」
ジュリアを熱烈に愛している、という点と、そこそこの身分という点で選んだこの協力者は、予想よりも仕事ができるらしい。
ミラディアは満足して頷いた。
「そうでしょうね。僕も、早くジュリアに会いたい。あんなに僕らは愛し合っていたのに……政略結婚から彼女を救えるのは、僕たちだけですね」
怪しい笑みを互いに浮かべ、ミラディアとその協力者はある計画について話を進めていった。
* * *
ぐっと拳を握り、ライディスは自らの読みの甘さに歯噛みしていた。
ジュリアに害をなすのは、虜になった男だけではなかった。
社交界で流れる心ない噂が、ジュリアの心を傷つけている。
そして、ミラディアがジュリアに対して嫉妬心を燃やしていることに気付かなかった。
ライディスの前では、ミラディアはそういう素振りはまったく見せなかったのだ。
「いつも以上に難しい顔をしてるな。どうしたんだ?」
騎士団宿舎に向かっていると、レイナードが声をかけてきた。
今日もいつものように腕まくりをして、騎士服を着崩している。
粗野な印象を与えるレイナードだが、意外と女性からの人気がある。
「なあ、ミラディアは俺のことを好きだったのか……?」
「っぶ! なんだよ、いきなり……ってか、は? まさか気付いてなかったのか」
目を丸くして唖然とするレイナードを見て、気付いていなかったのは自分だけだったのだろうと確信した。
ミラディアは従兄妹であるが故に、恋愛対象などではなく親族であるという認識だった。
脳内で除外していたために、花嫁の身代わりとジュリアのことも頼んだ。
「へぇ、知らなかったのか。あの嬢ちゃんはおそろしい女だぜ。俺は関わりたくねぇ」
「どういうことだ?」
従兄妹である、ということ以上にミラディアに対して興味はない。
だから、ミラディアの情報をわざわざ集めようなどとも思わなかった。
もともと、女性には極力近づきたくなかったのだ。
「ライディスに近づこうとする女を徹底的に調べ上げ、圧をかけてるらしい。社交界での女の付き合いってのも恐ろしいよな」
「……そうか。それで」
ジュリアとは、社交界で出会った訳ではない。
騎士団の見回りにまでミラディアの目が届く訳がない。
だから、ミラディアがジュリアのことを知ったのは、婚約が決まってからだ。
いつもならライディスに近づこうとする女を牽制できたのだとしても、正式に婚約が発表された後にはどうしようもない。
しかし、ミラディアはまだ諦めていないらしい。
ジュリアは自分からは何も言わなかったが、ミラディアから辛い仕打ちを受けているようだ。
もう、ミラディアには任せられない。
「今後、ミラディアを彼女に近づかせるな」
ライディスは、レイナードに厳しい口調で命じる。
真面目な顔で頷いた後、レイナードはそれにしても、と口を開く。
「……あれだけ門前に押し掛けてきていた男共が、今日は一人もいなかった。婚約発表した後から毎日来ていたものが来ないとなると、逆に怖ぇ」
「何だと? 一人もか?」
「あぁ。何でだと思う?」
「ようやく諦めた、のか……?」
自分で言いながら、それはあり得ないだろうとライディスは思う。
王族が住まう王城にまでたった一人の女のために押し掛けて来ていたのだ。
結婚式が終わってからならまだしも、そう簡単に諦めるはずがない。
嫌な予感がする。
何か、裏がありそうだ。
「まるで嵐の前の静けさだな」
レイナードの呟きに、ライディスも同意する。
「もうじき結婚式だ。ますます気を引き締めていかなければならないな」
「あぁ」
ライディスとレイナードは、結婚式の段どりをもう一度見直すために騎士団の本部棟に向かった。
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