14.芽生えた想い

 ジュリアは、さっさと自室に戻ってゆっくり羽を伸ばしたかった。

 しかし、何故かミラディアがついてくる。


「あの、ミラディア様はお帰りになりませんの?」

「えぇ。わたくし、ライディスに用があるの。ジュリア様のお部屋で待たせていただくわ」

 そういえば、昨日ライディスが結婚式の打ち合わせをしに来ると言っていた気がする。

 しかし、ミラディアがわざわざジュリアの部屋で待たずとも良いではないか。

 そう言い返そうと思ったが、もう気力が底を尽きていた。

 足も痛い。仕方なく、ジュリアは頷いた。

 部屋に入り、ジュリアは半ば飛び込むようにしてソファに腰かける。

 ふわりと広がるドレスの中でヒールを脱ぐ。

 ドレスに隠されて、きっと外からは分からないはずだ。

 しかし、ミラディアは目ざとく声を上げた。


「まあ、はしたないですわ。それとも、そういう令嬢らしくないところが男性を惹きつけるのかしら……?」

「さあ、どうでしょう」

 ジュリアは肩をすくめてみせる。

 〈男を虜にする運命〉だから、とは言いたくない。

 ますますミラディアの不興を買いそうだ。


(……サーシャに会いたい)


 気兼ねなく話せるただ一人の友人に、無性に会いたくなった。

 腹黒い令嬢たちとの会話が、ジュリアの心をどっと疲れさせていた。

 ジュリアの受け答えや態度が気に入らなかったのか、ミラディアはもう取り繕うことをやめて感情をぶつけてきた。


「本当に最低な女ね。あなた、どうせ他にも男がたくさんいるんでしょう? 社交界で悪い噂が流れている女が“運命の相手”だなんて、ライディスが可哀想だわ」


 ――あなたの存在は、ライディスを貶めるだけ。


 美しい容貌で、位も高く、教養もあるミラディアと、厄介な運命を背負い、悪女の噂を持つ男爵令嬢のジュリア。

 どちらがふさわしいか、と問えば誰もがミラディアだと答えるだろう。

 ライディスは、ジュリアが初めてまともに話ができた男性だった。

 気持ちの悪い優しさも、嫌なことを強要されることもなく、自然体でいられる相手だ。お互いにまだ壁はあるけれど、愛し合うことはできなくても、友人として仲良くなることは可能かもしれない。

 そんな淡い期待も、ジュリアの中には生まれていた。


「結婚式が終わる前に、自分から出て行ってくれないかしら?」


 ミラディアは、それが当然のことのように言った。


「……それは、できません」


 彼の前から姿を消すことなど、何故か考えられなかった。

 あんなにも、俗世から離れた修道女になりたいと思っていたのに。


(……私、ライディス様からは逃げたくない)


 ライディスのことを知りたいと思うのだ。

 側にいて、話をして、ライディスという人間を知っていきたい。

 この想いがどの感情からくるものなのか、ジュリアは頭の片隅では理解していた。

 それでも、まだ受け入れられない。

 その感情には名を付けない方がきっといい。


「そう。でも、わたくしは認めないわ。ライディスにもしっかりとあなたのことは伝えておくから……あら、ちょうど今来たみたいね」


 外から馬の嘶きが聞こえ、ミラディアは笑顔で部屋を出て行った。

 ジュリアは呆然としながらも、裸足のまま窓に近づいた。

 宮殿の前には、到着したばかりのライディスがいた。

 ディラエルトの騎士服を着ているライディスはやはり凛々しく、かっこよかった。

 そんな彼に、まるで恋人のように駆け寄ったのは、つい先ほどまでここにいたミラディアだ。

 美形二人が並ぶと、嘘のように絵になる。

 それでも、そんなお似合いの恋人同士に見える二人の間にはたしかな距離があった。

 ライディスは〈運命の相手〉以外に触れられないのだ。

 つまりは、いくら二人が好き合っていたとしても、恋人同士のように見えたとしても、運命神が認めていない限りライディスはミラディアには触れられない。


「そっか……〈運命の相手〉ではなかったから、ライディス様がミラディア様のことを諦めた可能性もあるのよね」


 だから、ライディスは男に走ったのだろうか。

 ライディスに聞かれれば全力で否定するような、失礼極まりない思考がジュリアの脳内を巡る。

 本当に好きになった人とは結ばれない。

 そんな悲しい運命を、悪戯好きの運命神ディラは用意したのだろうか。

 痛むのは足だけのはずなのに、ジュリアは無意識に胸をおさえていた。


「……ライディス様に触れられるのは私なのに」


 ジュリアは彼に触れられる。

 物理的距離は近いはずなのに、今とても彼が遠く感じられた。

 だって、ジュリアは数えるほどしかライディスと話をしていない。

 ミラディアは、ライディスの体温は分からないかもしれないが、きっと二人には思い出がある。

 ジュリアはライディスに触れられるはずなのに、初対面の時にぶつかった時以外でまともに触れ合ったことは一度もない。

 それは、ジュリアが男性を恐怖しているからだし、ライディスも女性が苦手だからだ。

 だからこそ、自分たちは形だけの夫婦としてやっていけるのだと、分かっているはずなのに。


(私、ライディス様に触れてみたい……)


 ミラディアと二人でいるライディスを見つめながら、ジュリアは大胆なことを思う自分に驚いた。

 嬉しそうにミラディアが話を振って、ライディスは頷いていた。窓側に背を向けているライディスの表情は、こちらからは伺えない。

 どんな話をしているのだろう。

 もしかしたら、つい先ほどのジュリアの噂話を話しているのだろうか。

 いくらライディスがジュリアの背負う運命を知っているとはいえ、良い気分にはならないだろう。

 そんな悪い噂話がある令嬢とは結婚できないと思われてしまうだろうか。

 だんだん見ていられなくなって、ジュリアはカーテンを閉めた。

 まだ外は明るいのに、室内はジュリアの心を表すかのように薄暗くなった。

 

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