5.王子の思惑

 ケースティン王国内は、王子の突然の婚約発表に浮き足立っていた。


 本物のお姫様になることを夢見ていた令嬢は嘆き悲しんでいたが、婚約者の女性が男関係で良い噂を持たない者だと知ると、その悲しみは怒りに変わった。

 そして、その婚約者の女性にメロメロだった男たちは、相手が王子殿下ということで諦めるかと思いきや、王宮に閉じ込められた哀れな恋人を救い出そうと躍起になっていた。

 祝福する者と、暴走する者たちとで、王宮はいつも以上に騒がしくなっていた。



「このような騒ぎになってしまって申し訳ありません、父上」

 謁見の間で、父である国王ベリオットにライディスは頭を下げていた。

 厳しい顔をするライディスとは反対に、父はにこやかだった。

「よいよい。やっとお前にも〈運命の相手〉が現れたのだな。喜ばしいことじゃ」

 体格のいい国王は、そう言うと豪快に笑った。

 王となる者は、〈運命の相手以外には触れられない運命〉を背負っている。その運命こそが、王太子の絶対条件となるため、ケースティン王国では跡目争いなどは起きたことがない。実に平和的に次期王太子が決定される。

 そして、運命の相手以外には触れられないため、側室を持つこともなく、国王が側に置く女性は正妃ただひとりだ。

 〈運命の相手〉に出会えなければ、最終手段として養子も考えられているが、今まで〈運命の相手〉に出会えなかった王はいない。


 そしてつい先日、ライディスも王都を見回っている時、その相手を見つけた。


 いつもは女性に触れないよう気を付けていたライディスだが、ふいに路地から飛び込んできたためにその体を受け止めるかたちになった。

 今までであれば、女性に触れた瞬間に相手の女性が吹っ飛んだり、気絶したり、よからぬことが起きていたのだが、その女性には何も起きなかった。

 〈運命の相手〉など見つかるはずがない、と思っていたライディスは、初めて触れる女性の身体に戸惑い、固まってしまった。

 しかも、ライディスを見上げてくるその小さな顔は、今までに見たどんな女性も敵わない、この世にたったひとつだけの芸術品のように美しかった。

 薄茶色の髪はミルクティーのように甘くやわらかに波打ち、不安に揺れる青い瞳はサファイアのようにきれいだった。

 普段はどんなことがあっても取り乱さないよう精神を鍛えているのだが、その美しい容姿に、その柔らかな感触に、心の鎧は壊れかけていた。

 男に追われていた彼女はライディスに助けを求め、ライディスはその求めに応じて男を気絶させた。

 王となる者が抱えるこの運命は、王に近いごく一部の人間しか知らないため、部下たちはライディスをただの女性嫌いだとか女性恐怖症だと思っている。

 その解釈も間違ってはいないので、ライディスは一切否定していない。

 そのため、ライディスが彼女を受け止め、手を引いた瞬間、部下たちはライディスが「一目惚れをした!」と大興奮だった。


 そして、そんな部下たちよりも大喜びだったのは父である国王だった。

 父は、〈運命の相手〉である母にメロメロで、完全に尻に敷かれている。

 それでも幸せなのだと笑う。

 恋は人生を彩る最高のものだ、と息子に恋愛を推奨する父は、ライディスの〈運命の相手〉を見つけるために、王宮でほぼ毎日のように舞踏会を開いていた。

 主役であるライディスが欠席することは許されず、騎士団の仕事は溜まっていくばかりだった。

 しかし、ライディスはようやく連日の舞踏会から解放される。

 ライディスは、父と母のように〈運命の相手〉だからといって、愛し合えるとは考えていなかった。

 女性の機嫌を取る前に騎士団の仕事をしたいし、女性と愛し合う前に次期国王として国民の生活を理解しておきたい。

 そして、ライディスの〈運命の相手〉であるジュリア・メイロードはその意味ではとても条件のいい相手だった。

 彼女もまた、運命神ディラに翻弄されていたからだ。

 〈異性を虜にする運命〉を背負うジュリアは、その運命故に男性不信、男性嫌いで、修道女になりたがっていた。

 そのことをメイロード男爵から聞いて、この娘ならば形だけの夫婦としてやっていけるかもしれないと思ったのだ。

 しかし、そうとは知らない父は、ようやく息子にも恋愛の素晴らしさが分かる日がきたと嬉しそうだ。


「ライディス、何か恋に悩んだ時はいつでもわしに相談するのだぞ!」


 という国王の言葉を最後に、ライディスは謁見の間を出た。

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