2.友人からの忠告

「ジュリア、今日は何人からラブレターをもらったのよ」

 人の悩みを暇潰しのネタとして楽しんでいるのは、友人であるサーシャ・リナードだ。彼女はジュリアのメイロード男爵家よりも上の伯爵位を賜っている家系で、本当ならばジュリアよりも淑女らしく振る舞えるはずである。

「ねぇサーシャ、そんな座り方をしていたらせっかくのドレスが皺になるわよ?」

 リナード伯爵邸の広い談話室で、テーブルとソファがあるにも関わらず、サーシャは床に座っていた。まっすぐな黒髪に、大きな栗色の瞳、黙っていれば、サーシャは可愛らしい印象しかない。

 しかし、着ているドレスは高級品なのに、その中身があまりに庶民的だった。

 伯爵令嬢の教養教育の過程で一体何があったのか、ジュリアは気になって仕方がない。しかし、何度尋ねてもサーシャは「宝石に価値を付けるのは所詮人間だけなのよ」とよく分からない答えを返す。とにもかくにも、サーシャは変わり者だった。

 だからこそ、ジュリアと仲良くなれた。

 〈異性を虜にする運命〉を抱えているせいで、貴族の令嬢には勝手に恋敵と見なされることが多かったのだ。ジュリアには何も覚えがなくとも、婚約者を返せだの、男に見境のない悪女だの、魔女だの、社交界に変な噂を流される。そういうこともあり、女性の友人をつくることは諦めていたし、社交界にも極力顔を出さないようにしていた。そんな中で、わざわざジュリアの変な噂を確かめにきたのがサーシャである。飾ったところがなく、面白くて、素直なサーシャのことを好きになるのにそう時間はかからなかった。

 はじめての友人に、心が踊ったのを今でも覚えている。


「レディらしくしても、結局あたしのことを誰もレディだとは思わないの。不思議なことに!」

 けらけらと笑って見せるサーシャは、そのことをまったく気にしていないようだった。

「そうね。サーシャはそのままで素敵だもの。無理にレディらしく振る舞うことはないわね」

「そんなこと言うのジュリアぐらいよ。それで、新記録はでたのかしら~?」

 茶菓子を口に頬張りながら聞いてくるサーシャに、ジュリアは内緒話をするようにこっそり囁く。

「ふふ、実はね、今日は百十七通なのよ」

「わーっ! 新記録じゃない! どこで何したのよ」

 サーシャは小さな顔を両手でおおって笑いだす。

「別に。ただ倒れていた人を助けたら、熱烈にプロポーズされただけよ。しかもその様子を見ていた他の通行人まで私に言い寄ってきて、大変だったわ」

 今はサーシャ相手だから笑って話せるが、その時のことを思い出すと鳥肌が立つ。

 極力男性には触れないよう、近づかないよう気を付けているジュリアが男性を助けてしまったのは、長い金色の髪と細身の体型から、倒れているのが女性だと思ったからだ。しかも、運悪く服装が裾の長いローブだったために、ドレスだと勘違いしてしまった。道に倒れた女性を誰も助けおこそうとしていなかったから、ジュリアがとっさに馬車を降りて助けに行ったのだ。まさかそれが男性だとも思わずに。


「なるほどねぇ。それで、今日は無事に撒いてきたの?」

「もちろん。サーシャには迷惑かけられないもの」

「あたしは別に大丈夫よ。でも本当に護衛の騎士をつけなくても大丈夫なの? いくら護身術の心得がある侍女をつけてるからって、男には敵わないわよ?」 

 いつになく真剣に、サーシャが忠告する。サーシャの心配もわかるが、最も苦手とする異性を側に置くことはできない。

 本気で心配してくれるサーシャに、ジュリアは苦笑いで応える。

(護身術を心得た侍女……まだいないけれどね)

 ジュリアの侍女となると、通常の侍女仕事よりも男避けの仕事がメインになる。

 だからこそ、護身術の心得がある者が採用条件になってくる。その上、ジュリアには悪女の噂が飛び交っているため、新しい侍女の応募はほとんどなかった。

 今は、メイロード男爵家に古くから仕えてくれている古参の侍女に付き添いなどを頼んでいる。もちろん、年配の彼女らに護身術などは求めていない。

 サーシャにこれ以上の心配をかけないために、嘘をついているのが少しだけ心苦しい。

「馬車に乗っているところを襲う人なんてなかなかいないわよ。それに、私に求婚してくる人達はみんな由緒ある貴族のご子息だもの。無茶はしないはずよ」

「そうだといいけどねぇ」

 このサーシャの忠告をもっと真面目に考えておけばよかった、と後悔するのはこの直後のことである。



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