1.呪われた運命
『親愛なるジュリアへ
元気にしているかな? いや、もちろん君が元気でいてくれないと僕も元気でいられないんだけれど。
君のサファイアの瞳を一目見た時から、僕が君の虜だっていうのはもう知っているよね。毎日、君の可憐な笑顔を夢に見るんだ。きっと、君も僕を夢に見てくれているだろう。でもね、やっぱり僕は君が側にいてくれないとどうにかなってしまいそうだ。君のミルクティーのように甘い髪を弄ぶそよ風にすら嫉妬を覚えるよ……。こんなことを言うと、君を怖がらせてしまうかもしれないね。でも、君のサファイアの瞳もミルクティー色の長い髪も、僕を捕らえて離さないんだ。君が僕に声をかけたあの日を、忘れることはないだろう。だからね、君にも早く素直になって欲しいんだ。恥ずかしがり屋な君のことだから、僕を愛しているなんて言えないんだろうけど、その言葉が聞ける日を楽しみに待っているよ。
僕はずっと、君を見守っている。
君の愛する人、フレディ伯より』
「……私は忘れたいわ、あなたに声をかけてしまったあの日を」
ぐしゃぐしゃぐしゃ、とジュリアは気持ちの悪い勘違いが詰め込まれた手紙を丸め、部屋の暖炉に投げ込んだ。ぼうぼうと燃える暖炉の火は、本日何通目の手紙を灰に変えてくれただろうか。春の訪れを待つ、まだ肌寒いこの季節にはこれぐらいがちょうどいいかもしれない。
メイロード男爵家の使用人が、律儀にジュリア宛の手紙を運んでくるものだから、暖炉の炎が大きくなるばかりだ。
それもそのはず、メイロード男爵夫人、つまりはジュリアの母は娘に恋文が届くことを喜んでいるのだ。運命神ディラの定めた運命の相手からかもしれない! と目をきらきら輝かせ、乗り気ではない父までをも巻き込んで娘の恋を応援しようとしている。
ジュリア自身は恋などしていないというのに。
母が恋愛に前向きなのは、自分が父と大恋愛の末結ばれたからだ。しかも、ジュリアが生まれる日に運命神ディラが夢に現れてこう言ったという。
これから生まれてくるお前の娘は、異性を虜にし、その身一身に愛を受けるだろう……と。
母は《祝福》を喜んでいるが、ジュリアにとってこれは《呪い》だ。
男と目が合えば告白、微笑めば求婚され、少しでも触れれば一夜を望まれる。すれ違うだけでもストーカーと化す男たちに、ジュリアは日々悩まされている。脅かされている、といってもいい。
もう、こんな生活うんざりだ。
これのどこが幸福な人生なのか。
異性を虜にしてしまう、という運命からジュリアが逃れるためには、男のいない世界に行くしかない。
差出人の違う何十通もの手紙をすべて暖炉にくべて、ジュリアは立ち上がった。
「お父様、お母様、以前から何度もお願いしておりますが、ジュリアは修道女になりとうございます」
まっすぐ両親の部屋へ行き、ジュリアは真面目な顔で訴えた。これが、毎朝のジュリアの日課である。そして、両親の答えもまた、決まっていた。
「ジュリア、修道女になるということは、俗世を捨てるということ。あなたを愛してくれる運命の相手に出会えないだけでなく、わたしたちとも、もう会うことができないということなのですよ」
母マリーヌが涙目でジュリアを見る。
「そうだぞ。それに、何度も言うがお前はメイロード男爵家の娘だ。いずれは貴族の子息と結婚してもらう」
父アレクシスが諭すようにジュリアに言った。
今日も今日とてラブラブなメイロード男爵夫妻は広いソファにも関わらず、互いの身体に密着し、寄り添い合っている。
そんな状況で言われても、ジュリアは納得できない。
「もう、男なんてうんざりなんです! 汚らわしい!」
思わず、貴族の娘らしくない言葉遣いが飛び出したが、そんなことは日常茶飯事。父も母も気にしていない。
それどころか……。
「何ということを言うのですか! お母様があなたという可愛い娘を授かることができたのは、愛する人に出会ったからこそなのよ! ねぇ、あなた?」
母は、娘から見ても可愛いと思える大きな瞳で父の顔を見上げた。そしてそんな母の上目遣いに簡単に落ちるのが父だ。頬が心なしか赤い。
「ジュリア、男をすべて否定するのは良くないよ。お前はまだ恋をしたことがないから分からないだけだ」
「えぇ、恋は素敵なものよ。あなたにもいつか分かるわ、この幸せが」
そして、両親は娘の前だというのに熱いモーニングキッスを交わした。それが、毎日のジュリアが退出する合図でもあった。
(お母様はお父様とラブラブで幸せでしょうけど、私はあの運命神のせいでどの男の人もケダモノにしか思えないわ)
両親の部屋から出て、ジュリアは落ち着いた雰囲気の廊下を歩く。忙しなくすれ違う使用人たちは皆女性だ。それは、ジュリアがどんな年齢層の男性も虜にしてしまうからだ。
例外はといえば、ジュリアの父であるアレクシスだけだ。
ぼんやりと眺めた庭園に、怪しげな黒い影がいくつかある。
その影はこそこそと動き、窓辺に立つジュリアを見つけては幸せそうな笑みを浮かべて手を振ってくる。
はあ、と大きなため息を吐き、ジュリアは一切庭園を見ないようにしてそそくさと自室に戻る。
午後からは、数少ない友人であるサーシャの屋敷の茶会に招かれているというのに、あの様子では外に出た瞬間に口説き文句、いや、勘違い発言の嵐に襲われるに違いない。
「私はあの人達の名前すら覚えていないのに……」
誰だか分からない人に恋だの愛だの言われても、まったくピンとこない。
本当はジュリアだって、普通に男性と接してみたい。恋だって、したくない訳ではないのだ。
しかし、呪われた運命はその”普通”を許してくれない。
ジュリアは使用人の一人に声をかけ、屋敷を守る私兵に彼らを追い返すよう伝言を頼んだ。
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