第3話 自己紹介


教室に戻った真也を含めた1―7の面々は早速琴音の話題で持ちきりだった。

あの天女の如き美貌は男女問わず万人を魅了した。


曰く、あの稲垣グループ会長の御息女。

曰く、2年次にして生徒会長を務めている。

曰く、彼氏はいないらしい。

曰く、彼氏はいないでほしい。


後半はただの願望になっているがそれはさておき。


(あのぐらいで騒ぐとかお前ら餓鬼かよ)


他の人物が話題となった事だけでいじける真也。

どっちが餓鬼なのは言うまでもない。


その後も琴音の話題で盛り上がっていた1—7だったが、しばらくして例の女教師が教室に入ってきた。


「はい、お喋りはそこまでた。これからLHRを始める」


そう言うと彼女は詳細を語り始めた。


「まず先程も少し話したが、私はこのクラスの担任を請け負う事になった、黛薫まゆずみ かおるという者だ。全身全霊を以ってお前たちを一人前に育てていく所存だ。よろしく頼む」


そう言い頭を下げお辞儀をする彼女——薫は何処か険のある美女だ。

その目つきは刀のように鋭い。薫の纏う厳かな雰囲気にクラス全体が若干萎縮してしまっている。

クラスの空気を察したのか薫は少し困ったような表情になる。


「む…すまない。無愛想が過ぎたな。うーん…あっ、私はこう見えても大の甘党だ。毎日仕事終わりに駅前のスイーツ屋でケーキを幾つか買って帰っているんだ」


何故かいきなり自分が甘党と告白する薫。場を盛り上げようとしていることは明白だった。

しかしクラス中が?マークを浮かべお互い気まずい雰囲気になる。


「うー」と言葉につまりあたふたする薫。

険のある美女はコミュ障でもあったらしい。いや、コミュ障だから険があるように見えてるのかもしれない。コペルニクス的転回である。


その様子に一人のクラスメイトが、もう耐えきれないと言わんばかりに吹き出し笑い出す。

それが伝播しクラス中が笑いに包まれる。

数分前までの萎縮した雰囲気は完全に無くなったが訳だが、当の本人は笑われるのがお気に召さないのか「笑うなぁ!」と怒っているが、それが更にクラスの笑いを加速させている。


だが、一人だけ非常に不機嫌になっている奴がいる。


(面白くねぇよコミュ障が)


そう、我らが真也である。

先程まであたふたと空回りしている滑稽な姿の薫に思い切り爆笑していた真也だが、それがクラスに好意的に受け止められると一気に不機嫌になったのである。


それから少し経ち落ち着いてきたら、薫は咳払いをして羞恥の残る顔で話し始めた。


「えー、これからクラスの皆の顔と名前を把握する為に、全員自己紹介をしてもらう。適当に席順から話して貰うので君からやって貰おうか」


最前列右端の席を指差してそう言う薫。


(こ、これは…!)


その時真也はあることに気付いた


(あのコミュ障は席順で自己紹介をしろと言った。そして始まりは右端の奴から。そして俺の席は最後列の左端。つまり…)


必然的にクラスで最後に自己紹介をするのは真也になるのだ。

その事実が判明した途端狂喜乱舞する真也。


(ハハハハハハッ! 最後に全部持っていけるってことだ! やっぱり俺は生粋の主人公だなぁ! いやぁ! 天は俺に二物も三物を与えてくれたようだ!)


いや、真也は精々主人公の踏み台にされるチンピラがお似合いだ。それに天は真也に端麗な容姿しか与えていない。

その証拠に真也は頭脳も特段明晰でもないし、性格に至っては最悪ではないか。


真也が狂喜乱舞してる間に最初に薫に指名された、頭を5厘刈りにした陽気そうな男が席を立った。


(頭が悪くて馬鹿そうな見た目をしてやがるな)


その男を評する真也。偏見の塊である。


「俺の名前は馬上鹿助まがみ ろくすけって言うんだ! 小学生の頃から野球をやってるからこの高校でも野球部に入部するつもりだ。気軽に話し掛けてくれよな! あっ、ちなみに俺は甘党じゃないからな」


ハキハキと明るく喋り最後に薫をイジる鹿助に笑いと拍手が起こる。


しかし真也はそれどころでは無かった。


(ブッハハハハハハ!! 馬上鹿助って…やっぱり『馬鹿』じゃねぇか!! やべぇ、笑いが止まらんぞ! 今からお前のあだ名は馬鹿だ!)


己のツボにはまったのかいつになく大爆笑する真也は性根が骨の髄まで腐りきっている。

だがそれを表に出すとまずいので、表面上はクラスメイトと同じく笑顔で拍手を送っている。

己を偽る事で真也の右に出る人物はいないだろう。


その後も何人かの自己紹介が無難に終わり、梨花の番が回ってきた。


「えっと…ウチの名前は西園寺梨花っていいます。部活とかはやっていません。沢山友達を作れたらなーって思うので、沢山話しかけてください」


指で金髪を弄くりながらそう言う梨花に少なくない数の男子が彼女に見惚れて、庇護欲を掻き立てられる。


(チッ…かわいこぶりやがって、金髪ギャルめ。気に食わねぇ)


梨花としては真也に反応してほしいところだったが、真也は内心で梨花を罵倒しまくっているのである意味真也は最も反応している。

それが好意ではなく悪意であるのは当然だが。


梨花の自己紹介が終わって沙耶や他のクラスメイトの紹介も軒並み終わり、ついに真也の番が回ってきた。


(キタキタキタキタァァァ! 愚民共、耳掻っ穿りながら聴きやがれ!)


過去最大級に調子に乗りながら、しかし、表面上は神妙な表情をしながらゆっくりと席を立つ。そして一度辺りをグルリと見渡しながら―――


「……………」


―――沈黙する。


「…………」


決して真也は喋らない。

目を閉じ、口を真一文字に結び、何も語らない。


何秒経っただろう。十秒、二十秒、三十秒、一分を過ぎ薫もクラスメイトも困惑した表情で何かを真也に言おうとした途端、沈黙が破られる。


「俺は何も知らない。皆の事も、この学校の事も。群馬の片田舎で生まれ育った俺には何も知り得ないはずだった」


それがどうした? そういった表情をするクラスメイト。

その様子にイラァ! とするも我慢。


「しかし、単なる偶然か、それとも、神の導きか、この学校の事を知り得る機会が訪れた」


単なる偶然である。自室で、寝ながらポテチを貪っていた時に、テレビで紹介されていただけだ。

それが神の導きと言うなら、これ程安い神はいないだろう。


「その時の事は克明に覚えている。体中に電流が走り、瞬間、俺は悟った。これは天啓だと。俺はなんとしてでもこの学校に入学しなければならないと…」


悟っても無ければ天啓でもない。

ただ単に進学率が高いのと、明文高校を卒業するだけでステータスになるからという、極めて世俗的な理由である。


「おそらく皆は何を言っているのだろう? と思っていることだろう」


その通り!


「しかし、此処に来た途端確信したよ。俺の直感は間違ってなかった。この場所で、いや、この素晴らしいクラスでこそ俺は輝けると」


ちょっとなに言ってるのか分からない。

クラスメイトも真也がなにを言ってるのか意味不明だろうが、真也のもはや演説と然程変わらない自己紹介になんとなく盛り上がっている。

真也の目論見通りである。

真也はそこで一度言葉を区切る。そして十秒ほど溜めてから再び語りだす。


「俺の名前は長宗我部真也。このクラスの皆で切磋琢磨し、共に高みを目指す事を俺は望んでいる。三年間どうぞよろしく頼む」


そう真也は締めた。


(き、決まった…! 俺カッコ良すぎる!)


全力で自画自賛する真也。

そしてクラスメイトの反応を確かめる為に最初の時と同様に辺りを見渡す。


『………』


静寂に支配された教室は物音一つしない。


(お、お前らなんか言えよ!)


誰もが言葉を発さない状況に本気で焦り始める。

真也としては言い終わった後に全員から惜しみない拍手が送られる事を確信していたので、この状況は想定外なのだ。

見通しが甘すぎる。


しかし―――


「すげぇ…」


一人の男子生徒――馬上鹿助が驚嘆に満ちた呟きを意図せず零す。

その呟きはとても、とても小さな音量だったが、物音一つしない教室の中では、クラスメイト全員の耳に届くには、十分であった。

鹿助の呟きに触発されるように真也に対する称賛の声が上がる。


「なんだいまの…!?」

「かっこいい…」

「政治家みたいだったね」


そのような言葉が次々と真也に投げ掛けられる。

先程の静寂は全員が驚き、言葉を発する事すらできない程、真也の自己紹介に圧倒されていたからだ。

そしてこのような状況で真也がどんな調子になるのかは、言わずもがな。


(フッ…ハハハハハハ! 苦しゅうない、苦しゅうないぞ! もっと俺を崇めろ! 平伏せ! 跪けぇぇぃ!)


増長しまくっていた。

まぁ当然といえば当然である。

真也だもの。

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