第2話 入学式


明文高校に到着した真也は、早速事前に指定されたクラス、1-7の教室に向かった。

登校時と同じく大勢の人の注目を集めながら道中の廊下を歩く。


(ったく、相変わらず煩わしい視線が多いな。いくら俺がカッコいいからって限度があるだろうよ。これがイケメンの宿命なのか...)


ナルキッソスももう少しは謙虚なのではないだろうか? 相変わらずナルシズムを爆発させる真也。そこに『謙虚』の二文字は存在しない。


そして教室に到着し、扉を開け入室する。

瞬間、教室内の視線が一斉に集約される。そして男女問わずその完成された造形の顔に息を呑む。


ざわめく教室内で自分の席へ無言で向かう。


「あっ、真也君!」


その時、一人の女子生徒が真也の元へ近寄る。登校時に真也に声を掛けてきた西園寺梨花だ。


「西園寺さん...だっけ、同じクラスだったのか」

(何でよりにもよってこいつと同じクラスになるんだよ!?)

「うん! 凄い偶然だね!」


真也と同じクラスになったのが嬉しいのか喜色満面な様子の梨花。実際、明文学園は都内最大の生徒数を有するだけあって、一学年だけでも600人を有している。そして一クラス40人になっているので15個ものクラスが存在する。その中で真也と梨花が同じクラスになるのは梨花が言った通りかなりの偶然なのだ。


「梨花っち〜、そのイケメンと知り合いなの?」


先程まで梨花と会話をしていた女子生徒が真也と梨花の会話に割り込んできた。


「うん、登校の時に少し話したんだよ」

「うぇっ!? マジで!? 梨花っちも抜け目ないね〜」

「そ、そういうやましい気持ちではないよ! 普通に話してただけ!」

「ほんとかな〜? な〜んか怪しいぞ〜?」

「ほ、ほんとだよ! からかわないでよ!」

「にゃははっ! ごめんごめん。からかいすぎたね」

「あの•••」

(俺を差し置いてなにくっちゃべってるんだこのアマ共は!?)


タイプは違うが二人の美少女に挟まれ、会話されてかなり気まずそうな表情をしている真也。

当然のように内心で二人を思いきり罵倒しているわけだが話しかけても、どっちみち貶すのだろう。


「あっ、ごめんね。彼女は木島沙耶きじまさやさん。さっき教室で知り合ったの」

「どーもー、沙耶でーす。イケメンは大歓迎だからいっぱい話しかけてね」


そう自己紹介する沙耶はかなりの美少女だ。さっぱりとしたショートの赤みがかった茶髪に、くりくりとした愛らしい瞳。その姿形は小動物を連想させる。


「俺は長宗我部真也といいます。こちらこそよろしくお願いします」

「堅い堅い。もっと砕けた口調で話しかけてくれていいんだよー。梨花っちみたいにさ」

「分かった。そうさせてもらうよ、木島さん」

(何様のつもりだお前)


どっちが何様のつもりなのだろう? 心を開いてくれてる沙耶との温度差が酷いが、真也は他人に命令されるのを何よりも嫌うのだ。何が理由で俺より劣ってる奴の命令を聞かなきゃならんのだ!? と。

しかし真也は基本的に他人の意見に流される小心者だ。なんともまぁ面倒くさい男である。今更か。


それから梨花と沙耶と三人で他愛もない話をして―表面上―盛り上がってた真也だったが、教師とみられる女性がやってくると教室内が一気に静まった。


「よし、お前ら。全員一旦席につけ」


女教師は、若干高圧的な態度でそう言うと梨花と沙耶は自分の席に戻っていく。そして女教師は教室内を見渡した。恐らくクラスの生徒の数を数えているのだろう。


「ふむ、どうやら全員揃っているようだな。私はこのクラスの担任になった者だ。詳しい自己紹介は後でしよう。それより今から入学式が始まるので、可及的速やかに第一体育館に向かうように。連絡は以上だ」


それだけ言うとすぐに教室を去っていく女教師。その様子にクラス全体が困惑するが、一人また一人と体育館に向かっていく。


(なんだあの女!? いくらなんでも不敬が過ぎる!)


こいつは自分が王族かなんかだと思っているのだろうか? 女教師をズタボロにこき下ろすが、基本的に他人と同じ行動しかできない真也である。逆らう様子も見せずに体育館に向かい、自分のクラスの指定された座席に座る。


座っている間も、腕を組み、顔を45度下に向け目を閉じ、カッコつける事も忘れない。それがかなり様になっているのがまた憎たらしい。自分をよく見せる事には全力を注ぐ真也は些細な事にも気を使うのだ。


そして教頭と名乗った禿頭の中年男性が入学式の開式を宣言する。


国歌斉唱

校長の式辞

来賓祝辞

来賓紹介


殆どの学生が退屈に感じるイベントが粛々に行われて、居眠りをし始める生徒も出始めた時にそれは起こった。


『在校生代表の歓迎の言葉』


アナウンスの後に現れた女子生徒に新入生全員が今までの退屈な雰囲気を霧散させ、その美貌に目を見張った。


「はじめまして。新入生の皆さん。歴史ある明文高校の生徒会長を務めさせてもらっている稲垣琴音いながきことねです」


そう名乗る生徒会長、稲垣琴音。清楚な雰囲気に腰丈まで伸ばした艷やかな黒髪に優しげに垂れる目元。微かに微笑んでいる表情は聖母マリアのようだ。

大和撫子という言葉がこれ程似合う人物は他にいないだろう。


琴音の容貌に真也は――


(ケッ…ちょっと容貌がいい事を鼻にかけやがって…ああ言う奴に限って裏ではもの凄い性悪なんだよ。他の馬鹿共は騙せても俺は騙されねぇぞ)


取り敢えずその言葉を鏡の前で百万回復唱してこい。

琴音は自分の容貌を鼻にかけてないし、真也の方が自分の容貌を鼻にかけまくっている。

琴音に裏があったとしても真也よりは、百倍マシだろう。

真也は自分よりも優れている存在を絶対に認められないので、是が非でも他人の粗を探し、貶すことしか脳にないのだ。

クズの極みである。


真也が脳内で琴音を罵倒してる間に琴音の新入生に向けたスピーチは終盤を迎え、先程の校長の長ったらしい話を聴くときと違い、全員が琴音の口から発される美声を聞き流すもんか! と意気込み、一言一句に耳を傾けている。


「それでは長くなりましたがこの言葉で締めさていただきます。新入生の皆さん、入学おめでとう。我々在校生はあなた達の入学を心から歓迎します」


そう締めくくった琴音のスピーチ。

体育館全体が一瞬静寂に包まれる。そして響き渡る万雷の拍手。

それは中々鳴り止まなかった。

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