5話 港の占い師
道は途中で二手に分かれた。
バシリオ=ルカスは、街中へ続く旧帝国街道をそれ、港へ下る道を行った。名高い海都の賑わいを、この目で確かめたかったのだ。
次第に、酒場や賭博場、売春宿が増え、目つきの物騒な男たちが、大声で騒ぎながら
喫水の深い複数の大型船が、帆をたたんで湾の入り口付近に停泊していた。
人の数も尋常ではない。数だけでなく、髪、肌、顔立ち、服装と、まるで世界の縮図のような場所だった。
(これは、すごい)
立ち止まると、「邪魔だ!」と怒鳴られ、あわてて道の端へ寄った。
「ちょいと、そこのお兄さん」
女の声がした。
「ちょいと、そこの、大柄で、カッコよくて、大剣かついだ、黒髪の、ちょっと……かなり汚れた旅人のお兄さん!」
振り返ると、酒場のテラスらしき場所に、若い女が座り、手招いていた。
「俺か?」
女は、闇のような目でにんまりと笑った。
踊り子が着るような肌が露出した真紅のドレスに、漆黒の外衣をはおっている。黒髪が豊かに肩の上で波打ち、胸元の深い谷間まで覆っていた。
なかなかの美女だったが、バシリオが興味をひかれたのは、手元の占い盤だった。
四角い回転板の支柱は、なにかの動物の骨のようだ。骨の先には、小さな髑髏が乗っている。女はその髑髏を、
「お兄さん。ひどい悪相だねぇ」
「カッコよい、ではないのか?」
「表の相はね。裏の相はひどい悪相だ」
言いながら、占い盤を回す。
「気になるなら、占うよ。お代はあとでもいいから」
その時、なぜ占ってもらおうと思ったのか。旅も四年を過ぎて、おのれの決意を確かめたかったのか。
「──頼む。いくらだ」
バシリオは大剣を下ろし、女の前に座った。
すると、周囲にいた男達の視線が、一斉におのれへ向いた。突き刺さるようなそれは、よく知った物騒なものだった。
バシリオは傍ら置いた大剣を脚の間に置き換え、ゆったりと見せびらかすように寄り掛かった。
「お兄さん、物騒なものは振り回さない方がいいよ」
女は口角を上げ、宥めるように言う。
「おまえが確約するか?」
「する」
途端、取り巻いていた殺気は霧散し、賑やかな喧騒が戻ってきた。
「気に入った。あたしはルドミラ。港で〈嘘鳥〉と言えばわかる」
「
手元の髑髏も、それなのかもしれない。
「俺はバシリオだ。それで、俺のなにを占う」
「お兄さんの宿命を」
バシリオは嗤った。それはもう、わかっている。
「では、俺の宿命を占ってくれ」
ルドミラは見透かすような目を閉じ、髑髏を回した。
カラカラと乾いた音がする。盤は十六面に分かれ、見たこともない文字や不可思議な怪物が描かれていた。
女は目を閉じ、勢いよく回り続ける占盤へ手をかざす。
──回る、回る、未来が回る。愛しい髑髏よ運命を告げておくれ。
やがて占盤の動きが緩やかになり、最後にカタリと音がして、髑髏が落ちた。
いくつかの骨片に別れ、盤全体に散る。
ルドミラは長い間、ひとつひとつの骨の大きさ、形、配置を確かめるように睨め付けた。咀嚼するように間をおき、バシリオを呼んだ。
「おまえ」
その声音にぞくりとする。盤を見る目は、恐ろしいほど大きく見開かれていた。
「おまえは奪う者だ。命を、未来を、時を奪い、すべてを滅ぼす者だ。おまえに報いようとする者は、死をもって報われるだろう。光は闇となり、闇はさらに無窮の暗黒となる。おまえは奔流だ。一切を押し流し、
故に、と女は地を這うような声で言った。
「
バシリオが
女からなにかがおちていき、崩れるようにテーブルに突っ伏した。
「大丈夫か」
腕に触れた途端、ルドミラが顔を上げる。
「堰をさがせ」
バシリオは、総毛立って立ち上がった。神劇の仮面のようなルドミラの笑顔に、喉を鳴らす。
瞬間、ルドミラは背もたれ全身を預け、脱力した。
「あー、しんどい。ああ、そうだ。お兄さん、一杯持ってきてよ」
おのれを見上げるルドミラは、この世のものだった。
バシリオは逃げるように、酒場へ入った。発泡酒をジョッキ二杯頼み、それを手にテラスへ戻る。
誰もいなかった。
あの不思議な占盤はおろか、おのれの大剣もない。
女が座っていた椅子には、殴り書きの書付が貼りついていた。
──暁烏の館
バシリオは大きく息を吐くと、ドカリとジョッキを置き、一気に酒を流し込んだ。
(続く)
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