二章 奪う者

4話 麗しのエダル

 麗しのエダルエダル・ルシウは、壮麗かつ異様な都市である。


 バシリオ=ルカスと、リコことリコベルトが、エダルの西門をくぐったのは、太陽が上りきった昼飯前だった。


 城郭都市にも匹敵する堅牢な関門を抜けると、あまりの眩しさにバシリオは目を細め、手をかざした。


 地中海地方独特の、太陽を反射する白い壁の建物が続く。そのほとんどが二階屋で、物を売る店か宿屋のようであった。

 関門からは、海岸へ向かって道が下っていく。舗装された石の道の先には、チラチラと陽ひかる海面が見えた。


 旧帝国街道である。街中を横断し東門まで続く。さらに半島沿いを折り返し、北方の大国サガンへと戻る道だ。エダルは海洋交通の集積地であるとともに、荷をまとめて北方へと運ぶ陸運の要でもあった。

 その豊かさを象徴するように、行き交う人々は服装も、頬のふくよかさも旅人らと格段に異なっていた。


 早朝の最も人の出入りが激しい時刻は過ぎていたが、それこそ芋の子を洗うような賑わいである。

「旦那、ふところには気をつけてくださいよ。ぼーっと突っ立っていると、掏られちまいますぜ」

「おまえが、それをいうか?」

 リコは、二人の出会いを思い返したか、ニヤリと笑った。


 エダルの街は、街道を主要路としてら両手を広げるように崖に沿って続いている。

 二人はお上りさんよろしく、右や左や上や下やを眺めながら、街の奥へと進んでいった。

「これ、うまいですよ」

 早速、リコは店先で肉を焼いていた屋台から一串せしめ、肉汁をたらしながらかぶりついた。

「旨い!」

 バシリオは、焼き場の陰に串の元だろう生きものを見かけたが、リコには黙っておいた。

 世の中には、知らない方がよいこともある。


「あれが、たぶん青の居館行政館ですな」

 リコは串を捨てようとして、掃き清められた足元気付き、おのれの懐へ仕舞い込んだ。

 青の居館やかたは、海洋都市エダルの政治、経済の中心である。歴代の大船主らが評議会議員を務め、合議制でこの都市の行政を担っていた。

 しかし、この街を一種異様な存在にしているのは、青の居館の主人こそが、エダルの至宝と云われる〈永遠の眼〉の主人であるという一事であった。


 〈永遠の眼〉は、俗に〈眼〉と呼ばれる。目が眩むほどの宝玉であるとも、〈見ずに見透す力〉そのものであるともいう。詳細は秘され定かではないが、その〈眼〉こそがエダルの繁栄を支え、支配してきたらしい。

 その青の居館は、切り立った崖を背中にひときわ高くそびえていた。やはり白色の壁を持つ壮麗な建物で、五階もしくは六階の高さから街全体を見下ろしていた。


「なぜ〈青〉なんですかね」

 多くの船主の屋形も白色だ。街中もほぼ白一色である。海を目指して見下ろす街並みは煉瓦色の屋根と、やはり白。そして海の蒼が美しい。

「海神ミュゾルテを讃える色だからだろう。エダルの繁栄は海あってこそだ。ミュゾルテの神殿は、どこもかしこも青一色じゃないか」

「そりゃ、わかるんですがね」

 リコベルトはどこか不服そうだ。

「聞くところによるとらエダルの至宝〈永遠の眼〉の主人あるじは、西の御方だそうじゃないですか。ならば、青より赤じゃねえですかね」

「さあ。俺にはわからん。今度、神官にでも聞いてみるといい」

「まあ、俺にもどうでもいいんですがね」


 街道に面した、特に東西の大門に近い宿屋は高い。ぶらぶらと下りながら、脇道を少し登ったあたりで足を止めた。


「ここにしましょうぜ」

 リコが指したのは、宿屋のしるしである、緑の葉の看板の店だ。下に〈馬の尻尾〉という妙な名が刻まれている。

「ここはなんでも、名物の貝の壺焼がうますぎるらしいですぜ」


 旧帝国街道に沿った宿屋をまとめた、一冊の案内書がある。生涯を放浪の旅に費やしたという男が記したもので、版木で冊子となり、旅人必須の持ち物となっていた。

「まかせる。先に休んでいてくれ。俺は街を見物してくる」

「それじゃ、おいらは先に貝の壺焼を」

 しめしめとばかりに揉み手をして、リコベルトは賑わう宿屋の中へ吸い込まれていった。


 バシリオはさらに海側へ下ってから、来た道を振り返った。


 街を護る切り立った崖は、人の足では到底登れそうもない天然の要害である。

 青の居館を中心に、尖塔を持つ船主の屋形が建ち並び、五色の旗がはためいていた。

 その間を埋めるように神殿・寺院の円屋根、おそらく市場や娯楽施設が続くのだろう。

 エダルは、海と旧帝国街道を結んだ半島南部随一の交易都市でもあるとともに、船人や旅人をもてなす、聖と俗が入り混じった不夜城でもあるのだ。


(あれか)

 エダルのもう一つの異様は、〈眼〉の館である。

 青の居館から少し離れた崖の中腹、なかば岩に埋まるように、それはあった。


 こちらからは窓らしきものは一切見えず、まるで四角い黒い箱をはめ込んだようである。

 一説では、街の歴史よりも旧いものとされるが、バシリオにとって意味のあることではない。

 ごく単純に、あそこの住人は、一体どこから出入りするのだろうと首をかしげながら、さらにエダルの聖と俗とをめぐる街探索へと下っていった。




(続く)

 

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