第3幕

 神聖アレストリアの帝都、「薔薇の都」アルフェン。

 その北に広がる森の中に、麗しの皇居ロベーヌ宮殿……通称「白薔薇宮」はある。


 およそ百年前、帝国の威信を賭けて建造された、地上に比類無き壮麗なる大宮殿。そこには、大小合わせ七百もの庭園がある。


 その内の一つ、小さな薔薇園の管理を、皇女ミアリスが任されていた。

 白薔薇宮を建てた偉大な女帝、ミアリスにとって曾祖母にあたる「美女皇帝」ベルモニカの御代みよより、園芸は帝国貴族のたしなみなのだ。


「痛っ、刺しちゃったわ」


 綺麗な薔薇にはとげが付き物。

 鋭利な棘で傷付けたミアリスの指先に、血の球が浮いてくる。


「もう、殿下ったら、うっかりさんですね」


 その手を取る、侍女ロザリア。


「ほら、私が手当てして差し上げますわ」


 そのままミアリスの指を唇へ。

 あむっ、と口に含み、傷口を舐め始める。


「ちゅぷっ、んぅ、ちゅるぅ……。殿下、ふぅ、痛く、ないですか……?」


「やっ、歯を立てちゃ、だめぇっ……」


 薔薇色の唇に奉仕され、ミアリスの頬も湯気が出るほど沸騰する。


「さあ、後でちゃんと包帯を巻きましょうね」


 やっと口を離し、微笑むロザリア。

 ミアリスの方はと言えば、血の止まった指を唇に当てて、どきどきしていた。


(こ、これって、間接キス? もし、もう一度怪我したら……)

 

 無意識に、もう片方の手が薔薇の棘へ伸びる。


 ……しっかり、観察されていた。


「ふふ、殿下ったら。接吻キスが欲しいなら、素直におねだり下さいな」


「ち、違っ……」


 返事は、キスで塞がれた。

 柔らかな舌を通して伝わる味は、舐め取ってもらったばかりの自分の血。

 だのに、この瞬間は、甘い甘い薔薇の接吻くちづけに感じるのだった。

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