第2幕

 神聖アレストリア帝国の第三皇女、ミアリス・ラ・アルフェリス。

 彼女は、その専属侍女ロザリア・オルベインと、毎夜ベッドを共にしている。


 ……誤解の無いよう言い直せば、添い寝されている。


「そもそもの話、頼んでないのだけど」


 十四歳のミアリスにとって、甘える幼子のような扱われ方は屈辱ではあるが。


「ふふ、私のことはただの抱き枕だと思って、ぎゅっとして下さいな(はぁと)」


「……蹴落とすわよ」


 じゃれ合いながら、夜は更けていく。


「顔が、ち、近いってば。寝苦しいわ」


「だって、殿下が良い匂いなのですもの。甘くて高貴な、薔薇の薫り♪」


「だから、くっつくなってば!」


 ……そして。


「で、いつも貴女が、先に熟睡なのよね」


 いつの間にか、気持ち良さそうに寝息を立てているロザリアを、恨めし気に睨んでやる。


「……綺麗な顔」


 傍らの寝顔に思わず見とれ、ミアリスは一人、顔を赤くする。


 長い睫毛まつげに、知的で清楚な深窓のお嬢様といった形容がよく似合う、整った顔立ち。この専属侍女ロザリア=オルベインは歴とした伯爵家令嬢でもある。


「……」


 どきどき、と。騒ぎ出す鼓動に戸惑いながら。互いの吐息が唇にかかる距離まで、寄り添ってみる。


 ……ロザリアには、とても感謝している。

 第三皇女にして国民のアイドル。そんなミアリスも心を許せる相手は少ない。

 両親は既に亡く、腹違いの次兄である兄皇帝からはうとまれている。よく構ってくれた異母姉も、今は隣国カンザリーの王太子妃。


 孤独の海に沈んだ少女の魂に、強引なまでに寄り添ってきたのが、ロザリアだ。


「ありがとうなんて、言わないから」


 言えば、この悪戯娘に、どんなにからかわれるか。

 だから、ささやかな感謝と、少しの悔しさを込めて。


 ……ちゅっ。

 頬に、キスをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る