姫とメイド

百合宮 伯爵

第1幕

 神聖アレストリア帝国の第三皇女、亜麻色の髪と翡翠ひすいの瞳が麗しいミアリス・ラ・アルフェリスは、国民のアイドルとして愛される美少女だ。

 そんな彼女は、今のところ、だらけ切っていた。


「ふふ、たまの怠惰は、至高の贅沢よね♪」


 堅苦しいドレスは脱ぎ捨てて、まとうは、生まれたままの肢体を隠す責務を放棄するような、薄手のシュミーズだけ。

 長椅子に深々と背を預け、一口サイズの小さなケーキやチーズの焼き菓子をつまみながら、娯楽小説を読み流す。


「いけませんわ、殿下。人目が無くとも優雅でいなければ、一流の淑女とは呼べませんのよ!」


 いつから部屋にいたのか、長椅子の後ろから雷を落とすのは、ふたつ年上の専属の侍女、ロザリア・オルベイン。


「もう、驚かさないでよ。ケーキが落ちたじゃない!」

 

 こぼれたクリームが、下着の表面、ささやかなふたつの膨らみの間をしたたり落ちる。 見れば既に、長椅子の上は焼き菓子の欠片で散らかり放題だ。


「殿下がいけないのですよ、こんなに汚されて……。これは、お掃除が必要ですわね」


 ちろりと、蠱惑こわく的に唇を舐めるロザリア。

 その紫水晶アメジストの瞳が妖しく煌めいたのに気付き、ミアリスは背筋の寒くなるのを覚えた。


 ・ ・ ・


 ぺろぺろ、ぺろぺろ。


「やぁっ、そんなところ、汚いっ……」


「んくっ、はぁ……、だから、綺麗にして差し上げるのですわ。ほら、もっと力を抜いて。私に身を委ねて?」


 ぴちゃ、ぴちゃ。泥濘ぬかるみをかき回すような音と、甘い吐息。


「あ、だめ……っ、もう、許してぇ……」


「ちゅるっ、くちゅう、ああ、殿下ったら、すごく美味しい……」


 ……いけない事をしているのではない。

 ミアリス姫の身体に零れたケーキを、舌で舐め取っているのだ。


「さあ、綺麗になりましたわ」

 

 すくっと立ち上がり、仕上げに、皇女の唇に付いた焼き菓子を優しく舐め取って。

 ロザリアは微笑んだ。


「これに懲りたら、普段から部屋を汚さないこと。よろしいですわね、殿下?」


「ああ、違う意味で、汚されたわ……」


 侍女が去った後。長椅子の上には、とろけきった瞳で胸を上下させる、姫君が残されるのだった。

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