第12話 供述
あの夜、馬之上 秀穂が家の窓から何かを投げ捨てた。それは以前女郎の体からむしり取った臓器で、あっという間に腐って処分したのだろう。
捨てた瞬間を見ていた瓦版屋が真冬の川に飛び込みこれを拾い上げていた。その後風邪をひきながらも瓦版屋は根性で瓦版を擦って売り、大いに儲かったようだが、年明け早々から風邪で寝込んでしまったのだと聞いている。
馬之上 秀穂は牢屋に入れられた途端おかしくなったのか、昼夜問わず自白をはじめ、それを書記するほうが大変だったという話だ。
「牢屋へ連れて行ったとたんだったそうだ」
岡 征十郎が六薬堂に来たのは、年が明け、仕事始めで、あちこちにあいさつ回りをした後だった。
「
自白の内容をざっと説明されて詩乃が見解を述べた。
「にしても、土佐衛門として捨てていないだけで他にも(被害者は)居たんだね」
「大潮の時に川に捨てていたので見つからなかったようだ。だが、見つかった者たちは、急いで捨てなければいけなくなったので、潮の加減などを見る余裕がなかったそうだ」
「まったく、何だと思ってるんだか」
「お前が言ったように馬借屋だったが、父親が怪我をして家が傾いた時期に、
馬吉―馬之上の本名だ―は奉公に出される。その奉公先で、好きになった女がいたそうだが、その女に無学を馬鹿にされたという。更に、その店の娘が学のないものとは口を聞かないと言い捨てたとか、奉公人たちで岡場所に出かけた際には女郎にまで馬鹿にされたと言っていた」
「他愛もないことをおちょくっただけなんだろ?」
「たぶんな。それを死ぬほどの侮辱だと受け取り、それ以降、給金のほとんどを家への仕送りとせず、本を買い漁りどうにかして身を立てようと思った時に、当時一番金を設けやすかった漢方医に目を止めたようだ。今では容易になれないがな。その当時は本さえ読めれば誰でも医者だと名乗っていた時代だったから、馬吉も簡単に医者になった。
だが、あの通り、人を馬鹿にしたような言い草なもので、すぐに客は来なくなる。どれだけ安くしても。
そこで長屋を追い出され、流れ流れて岡場所の医者になった。
初めの数回、運良く中絶に成功したことで、自分は名医だと思ったようだ。だが、日に日にその運が悪くなり、とうとう死人を出してしまった。
その頃、医者の定義が変わり、学校を出ていないモノに医者を名乗る資格はない。という話しになった。困った馬吉の前に、医学生たちが実践練習を兼ねて町医者へ実習をしたいと申し出ているところに出くわす。
馬吉はその一人に声をかけ、腹腔手術を実演させる。始めて見る臓器に心が躍った馬吉は、見よう見まねで体を切り裂いた。
まぁ、そこのところはお前のほうがよく解るだろうが、とにかく、正規の道具、いろんな準備などが無ければ失敗する。
それを咎めた鳥瀬、高柳、新田を殺したという。あいつらは、先生である自分を馬鹿にしたらしい」
詩乃が鼻で笑う。
「だが、最初こそ人を助け謝礼を言ってもらえることに快楽を得ていた男が、
「手術と称して人を殺したがる
「そういことだ。あまりにも大騒ぎをするので、独房に入れたんだが」
「正月早々首つって死んだと、」
岡 征十郎が頷く。
年が明け、あちこちで、牢屋の中でも、新年を祝う声が上がった。
「何がめでたいんだ。私は入れ墨が入ってしまう。うまくやっていたんだ。私は神に近い医者なんだ。それを邪魔したのはあの
大声で騒いだのを、看守に怒鳴られ、静かになった。
翌朝の見回りで、牢屋の桟に褌を括り付けて首をつっていたのを発見された。
「新田 剛健の遺体は荼毘に付され、その遺骨と預かっていた証拠品を、佐々倉 安之輔が届けに行ったそうだ」
「佐々倉様は、自分が部屋を出なければと口惜しく謝罪したそうですね、」と番頭。
「ああ、そのおかげか、新田の両親がお清の宿屋を正式に援助し、学生寮にしたという。お清はなかなかいい寮母として働いているらしい」
「世話好きな人だったからね、洗濯屋を始めたのも、世話好きじゃなきゃしないことだよ」
「とにもかくにも、一件落着だ」
岡 征十郎が生姜湯をすする。
「あとは、この寒さがさっさと終わることだけだね」
詩乃が火鉢を抱きしめるようにかがむ。
「そのうち、火が移って火事になるぞ」
「言ってやってくださいな、昨日、うたた寝してて、あの綿入れの袖、燃やしたんですから」
岡 征十郎が呆れた顔を詩乃に向ける。詩乃は顔をプイっとそむけた。
六薬堂 四譚 寒幽夜話 松浦 由香 @yuka_matuura
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