第34話 皇帝
こちらから攻撃するなど、とても考えられない。
熱波に翼を焼かれないようにするので精一杯になりながら、フレドたちは着地する。
はるか高く見上げるボスモンスター。
それは、ダルタロス火山そのものであった。
かつて山頂だった部分は今や竜の顔となり、噴煙渦巻く火口は禍々しい単眼となり果てた。
翼と化した稜線が羽ばたけば、光陰に積み重なった塵垢が土砂崩れとなって流れ出し、あるいは轢弾となって地上に降り注ぐ。
その顎から殺意すらなく垂れ流される涎はマグマ。
それは灼熱の大河となって、流路に立ちふさがる不遜を焼き尽くす。
息遣いそのものが死。
存在そのものが破壊。
かつてのそれは、見渡す限りの高地だった一帯を、一夜にしてなだらかな荒野に変えたのだという。
そう。
昔は、わざわざ、地名に山をつけて呼ぶ必要なかった。
今の平野だった部分が、ヨークと同じく、二○○○メートルに等しい高さを有していたのだ。
「やはり、竜型だね。弱点は知っているかな?」
カインが魔法のシールドで轢弾を防ぎながら呟く。
「尻尾だ。あれで、地下からマグマエネルギーを吸い上げている。だが、まずは翼をどちらかだけでも斬り落とさないと、風圧で尻尾を狙うどころじゃないな」
フレドは答えた。
災害だと他人は言う。
巡り合わせが悪かったのだと。
『神からの罰』だと、扇動の罪で処刑された病室者は叫んだ。
甘んじて受け入れよ。それは、楽園を汚した我々への逃れ難き宿命である。
否。
否。
否。
フレドは決して認めない。
災害は殺せず、神は見えないが、モンスターは所詮、フレドたちと等しき一つの命にすぎない。
「ウチがあのデカブツの羽を斬り落としちゃっていい?」
「わかった。だが、鱗が固い。下処理は俺たちがやる」
「ならボクは援護か。本当はなるべくリエの側にいたいんだけどなあ」
カインが飛び立った。
躊躇なく、暴竜の前にその身を晒す。
「アイシクルランス!」
射出される氷槍。
ドラゴンの規模からすれば、針のごとき一撃。
しかし、それでもなお、ドラゴンはカインを敵と認識した。
見よ。
彼こそが空を制する英雄である。
「あーん! ウチのダーリンかっこよすぎィ! フレドっち! ダーリンの努力を無駄にしたら、ウチがぶっ殺すからね!」
「わかってる! ラブラ! 剣も盾も使い潰していい! 何とか射程範囲まで砲をもたせてくれ!」
「やってやるわ!」
「どうやら言葉で指示している時間はなさそうだ。信号でいくぞ」
シズがフレドの肩に足を乗せた。
言葉はなくとも、感覚だけで通じるのが相棒だ。
ドラゴンの目と口に、忌むべき灼熱の光が集約されていく。
同時にほとばしる二つの熱線。
刺々しい翼が激しく羽ばたき、竜巻が巻き起こる。
暴風に巻き込まれた岩々は、風と土の魔法によって意志を得て、万軍の斉射にも等しき弾幕となり、カインへと襲い掛かった。
「あいにく、かわすのは得意でね。――イリュージョニア」
カインが曲芸のように美しい軌跡を描いて虚空を舞う。
熱線の際――その極限スレスレに密着し、炎石すらも溶かす業火から身を隠す遮蔽物とした。
一撃で身を粉砕する大岩は、カインの手にかかれば質量を持った等身大の幻影となって、ドラゴンの視覚を翻弄する。
空を知り尽くした英雄が、死力を尽くして成した全力の回避。
風の鎧。
土の盾。
守りに守り、それでもなお、無傷にはほど遠く、翼は焦げ、皮膚は切り刻まれる。
そうまでして彼が作った決死のチャンス。
ドラゴンが体面を上向けたことにより、翼の下面――揚力と推力の狭間で、わずか数秒だけ存在を許された台風の目。
シズは的確にそれを見抜く。
タ、タ、タ、タンと、フレドの肩に、シズからの出発の合図。
ボクサーは荒れ狂う大海原へと漕ぎ出した。
その後に続くリエ。
(翼の角度が一ミリでもずれれば墜ちる)
それでも、やるしかない。
「ああ! もう! 邪魔邪魔邪魔邪魔! この手! もっと早く動きなさいよおおおおおおおおおおおお!」
カインが陽動してもなお、ドラゴンがドラゴンとしてそこに在るだけで生み出される、イナゴの大軍のごとき轢弾。押し寄せる脅威を、ブレードと盾で弾きながら、ボクサーはドラゴンの右翼の付け根へと肉迫する。
(くそっ。まだまだ、俺の技術も未熟だな)
限界にまで振り絞られた出力の中で、確かにフレドはラブラとの力の繋がりを感じていた。
生体動力源活用によるエネルギーロスの解消と、攻撃士と操縦士の直感的なリンク。
その連携度は今までにないほど高まっており、誰にも瑕疵などない。
しかし、それでもなおもどかしいのは、モンスターのパーツ越しだからだ。
(いっそのこと、ラブラと直接繋がれれば――!)
そんなことすら考えてしまう。
フネがフネである以上、避けることができないわずかな、本当にわずかなエネルギー伝達のラグ。
一○○○分の一秒にも届かないであろうそのズレですら、今は致命傷になりかねない。
それでも諦めない。
穴が開く翼。
剥がれていく装甲。
多大な損害を負いながらも、ボクサーは辿り着く。
「行くわよ!」
ラブラが損耗した盾を投げ捨て、その扁平で金属質な戦友に弾道を確保するという最後の役目を用意する。
ドラゴンを相手にするにはあまりに矮小なボクサーで、不釣り合いなほどの大きな砲を構える。
奪い取った天使族の命の輝きが、光弾となって射出される。
ガギュキーン、とくぐもった音。
「くっ! ごめん! 鱗をとばしきれなかった!」
外してはいない。
しかし、ベストとも言い難い一撃。
鱗の一部が剥がれたが、それは、刃を振るうには不十分な面積しかない。
「問題ないっしょ! ウチを誰だと思ってんの !?」
ボクサーの横をすり抜けるようにして躍り出たリエのフネが、六本の剣先をわずかな傷口に突き立て、押し広げる。
外科手術じみたその手腕で、突破口を確保したリエは、ドラゴンが痛みを感じる暇もないほどの神速で斬撃を繰り出す。
大木を食らう天牛がごとく、かつて山だったその翼にはしる一本の直線。
「ぐっ! もうこれ以上は――」
「ダーリン! 後、少しなのに!」
残り三分の一ほどの長さを残し、それでもなお翼はそこにある。
「それくらいなら! 私たちでもいける! フレド!」
ラブラがボロボロになったブレードを構える。
「任せておけ!」
フレドは大きく空に飛び上がった。
防御を度外視したその行動に、ボクサーの翼は悲鳴を上げ、ついには剥がれ落ちる。
代償に得るは、垂直落下の重力と共に繰り出される渾身の一撃。
「ナイス! ウチが合わせるから!」
上と下から、同時に斬撃が繰り出される。
ミィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!
鈍感なドラゴンも、ついに片翼を失う痛みに絶叫した。
酷使に耐え続けたボクサーのブレードが、ついに砕ける。
「もう機体がもたない!」
翼の断面――ドラゴンの胴体を駆け下りながら、フレドは叫んだ。
「ウチもブレードがヤバいんだけど!」
「一発で決めよう!」
ドラゴンの尾に、集う三傑。
今もマグマを吸い上げ続けるその太くて短い生命線に、全ての敵意が向けられる。
フレドは、その瞬間、ボクサーの攻撃以外の全ての機能をオフにした。
身体を弛緩させ、ラブラに全てを委ねる。
「吹っ飛べえええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「リエちゃん究極奥義! 六波羅爪刃!」
「虚に還れ」
種族の壁を超え、絶望に抗う希望たちが繰り出す至高の一撃。
度重なる災禍をも超越し、連綿と続いた弱き命が育み続けた果実は、今ここに実った。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
断末魔の咆哮。
行先を失ったマグマが地上に溢れる。
バズーカ砲の反動と、圧倒的な熱量が起こる水蒸気爆発に、ボクサーは吹き飛ばされ、空中で瓦解していく。
リエのフネも、六本のブレードごと粉砕されて 薔薇の花を散らした。
緊急脱出装置が作動し、パラシュートと共にフレドたちを空中に投げ出す。
ドラゴンの巨躯が、地上へと倒れていく。
「なんとか、なったな」
フレドは小さく息を吐き出す。
冷や汗が額を伝う。
「やった! やったわ! 勝った! 勝ったああああああああああああああああああ!」
ラブラが両手を挙げて叫んだ。
「もういやだ。まだ瞼に光弾が焼き付いている。ボクの不幸はどんだけ底なしなんだ」
俯きながら呟くシズ。
「ああもう! イックううううううううううううう! こんなの気持ちよすぎいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
リエが嬌声と共に、身をよじらせる。
「え、エア……」
カインが振り絞るような声で魔法を発動。
その風の方向制御の恩恵を受け、フレドたちはどうにか斬り落としたドラゴンの翼の上へ、軟着陸に成功するのだった。
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