第35話 普通じゃない
「これからどうするの?」
「壊れたフネを探す。何とか一機くらいは、修復すれば使えるようになるのもあるだろう」
「ボスモンスター殺しの偉業を成し遂げたのに逃亡生活か。全く嫌になる」
「まあ、しばらくはスタンピードでどこもぐちゃぐちゃっしょ? 何とかなるなるー」
「とりあえず休んで質料を回復しないと、ボクはしばらく何もできないな」
しばし、一同、その場で呼吸を整える。
終わった。
誰もがそう思ったのも束の間――
「――おい。これは何かの間違いだと思うんだが、いくら不幸なボクでもありえないと思うし、激戦のショックで視覚がおかしくなっただけなはずだが、スタンピードの群れがこちらに向かってきてないか?」
初めに気が付いたのは、やはりシズだった。
「いや、間違いじゃないな。スタンピードがこちらに向かってきている。支柱のボスモンスターを失って無秩序に拡散しているという風でもない。これは……強者に追い立てられている気配だ」
フレドはポケットから片眼の望遠鏡を取り出して見遣る。
ヨークの方に向かったはずのスタンピードが、一直線にこちらに引き返してきている。
「ね、ねえ。私、『皇帝』ほどじゃないけど『王』の気配を、三体くらい感じるんだけど……気のせいよね?」
ラブラが震え声で呟く。
「いや。僕も感じるよ。確かに王だ。属性は、水と風と土。それぞれ、別方向の『世界の果て』からやってきたのかな」
「共鳴現象、か」
フレドは顎に右手を当てて考え込む。
『スタンピードが脅威ならば、その中心たるボスモンスターが育ちきらない弱い内に狩ってしまえばいい』
単純で、しかし、効果的に思えるそのアイデアをかつて実行した者がいた。
その結果は――
「そ、それって、あれだろ? 昔、楽園派が滅ぼされる原因にもなった無茶な計画。未熟なボスモンスターが他の未熟なボスモンスターに助けを求めて一斉蜂起して、冒涜者の文明が一○○○年は後退したっていう――でも、あれって確かまだ幼体クラスの奴を攻撃した時に起きる現象だろ! ここまで育っててもアウトだなんて聞いてないぞ!」
シズが駄々をこねる子どものように手足を振り回す。
「今まで試す奴がいなかっただけだろ。俺の知る限り、こんなに中途半端に最悪なタイミングでボスモンスターを刺激した例はないからな」
「で、でも、おかしくない? そいつらがやばいボスモンスターだとして、世界の果てから来たっていうなら、いくらなんでも着くの早すぎっしょ?」
リエが首を傾げる。
「……可能性としては、先ほどのドラゴンが強力な空間移動の魔法を使っていたから、ということが考えられるかな。――それならば、僕たちだけでアレを倒せたことの説明もつく」
カインが疲労の色が濃い声で呟く。
ダイタロス火山のドラゴンは、本来、天使族と冒涜者の文明が、総力を決して挑まなければ勝てない程の相手である。
それを、フレドたちだけで倒せたのを、僥倖というだけで済ませていいのだろうか。
全力を出せてなかったと考える方が自然じゃないか?
「……勝ち目はあると思うか?」
「……残念ながら僕にはもう何も思いつかない。一体一体は、皇帝よりも弱いとはいえ、三体の王が合わされば、さっきの倍くらいの強さは覚悟しなくちゃいけないことになる。ボクも君たちも、戦力は全て失っている状況で、だ」
フレドの問いに、カインは小さく首を横に振る。
「んじゃんじゃ、ダーリンがあのドラゴンを食べちゃえばいいじゃん! そしたら、すっごい魔法が使えるんじゃない?」
「あのドラゴンの色は確かにすさまじいよ。でも、僕の質料はもう空っぽだ。それでは、魔法は使えない」
「……だったら、ウチを食べればいいじゃん。ねえ。そうしてよ! そしたら、その質料っていうの? 回復するんでしょ!」
「なんてことを言うんだリエ。キミを殺すくらいなら、僕はスタンピードのおとりになって死んだ方がマシだ。――それに、無理だよ。仮に僕が万全の状態だったとしても、膨大すぎるドラゴンの色を扱うには、質料が釣り合わない」
「それでも、ダーリンが逃げるくらいの力が回復するなら、ウチはそうして欲しい」
「君のいない世界に僕一人生き残れというのかい?」
「う、ううううううう、ダーリン!」
カインとリエが、お互いをきつく抱きしめる。
「ちくしょおおおおおおおお! もう無理だあああああああああ! 今度の今度こそ終わりだなあああああ! いやだああああああああ! 死にたくないいいいいいいいいいいい! ボクは今までの不幸貯金の分だけ幸せになる権利があるはずなのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! ばかやろおおおおおおおおおおおおお」
シズが頭を抱えてしゃがみこみ、錯乱状態で喚き散らした。
(実際問題どうする? 今から捜索を開始して何とか逃走用のフネを確保できる確率にかけるか?)
「フレド」
(いや、それとも中立都市に戻る方策を探すか? いや、そもそもどうやってあのスタンピードを乗り越える)
「フレド」
(……カインにリエを食べさせることは無理でも、俺を食べさせることなら可能か? そうすれば、何とかシズとラブラを逃がすことは――)
「フレド! 私の話を聞いて!」
気づけば、ラブラの顔がすぐ近くにあった。
彼女の両手が、フレドの頬に当てられている。
「あ、ああ。すまん。なんだ」
「私、あんたに約束したわ。どんなことがあっても、最後まで絶対あきらめないって。そうよね?」
ラブラの視線が、瞳の奥底を射抜く。
そのひたむきすぎる意志の力こそが、フレドを惹き付けてやまない。
「そうだ。諦めない。だから、今も、何とか一人でも多く生き残れる方法を考えていた。俺が死ねば残りは助かるかもしれない」
「ふーん。それがフレドの考えた最高のやり方? 随分、『普通』ね? あんたらしくないわ」
ラブラは退屈そうに言ってから、フレドを試すように挑発的な笑顔をみせる。
「なに? なら、他にラブラはいいやり方があると?」
「ええ。――あのね。試したいことがあるの。今までに誰もやったことがないし、すごく危ないと思う。フレドを殺しちゃうかもしれない。とても『普通じゃない』やり方。それでもいいなら、勝てるかもしれないわ。どう?」
「やろう。俺は何をすればいい」
「目をつむって」
「ああ」
言われるがままに瞳を閉じる。
「んむっ !?」
瞬間、フレドの口内に、甘く生暖かい感触が侵入してきた。
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