第33話 不屈

 中立都市であるヨークは確かに独立した戦力を有している。


 しかし、それは独力でスタンピードに対処できるということを必ずしも意味しない。


 中立都市は、スタンピードが内部にまで浸食しないように、防波堤として時間を稼ぐ意味合いで造られたのであり、戦争時には、両軍に対価を払って援軍を乞うのがならわしだった。


 だが、今両軍は戦後まもなく、損耗を回復しきれていない。


 おそらく、満足な援軍は出せないだろう。


 そうなれば、ヨークは突破され、押し寄せるモンスターの災禍は天使族、冒涜者の別なく、世界を蹂躙する。


 そんな事態は、『開戦派』の意向に――いや、冒涜者、天使族のどの派閥も問わず、誰もが望まない最悪の展開だというのに。


(判断を見誤ったか……。まさか、イネルスがそんな破滅主義的な奴だとは)


 イネルスは敵になったとはいえ、意に沿わぬラブラの従者の仕事を長い間務める程だから、忍耐力がある性格だと思っていた。


 全く、心というやつだけは、いくら学んでも読み切れないものだ。


「ごめんなさい! フレド! 私が! 私のせいでっ! 全部、めちゃくちゃに! 私がイネルスに喋らなければ! そもそも、私がフレドに恋を――」


「それ以上は言わないでくれ。俺は、ラブラに恋をしたことを後悔してはいない。もしこの瞬間に死んでしまったとしても、お前への恋を知らずに過ごす生涯よりは幸せだったと、自信を持って断言できる」


 唇をかみしめて、ボロボロと涙を流すラブラの言葉を、フレドは途中で制した。


「私だって、同じ気持ちよ! でもスタンピードを起こしてしまったことは、許されないわ! 私のせいで、たくさんの命が失われる!」


「スタンピードはいつかは起きるはずだったものだ――と言っても、ラブラは納得しないよな。……責任を感じるなとは言わない。だが、少なくともその半分は、ラブラに恋をした俺のものだ。罪は一緒に背負おう」


「でも、これで、フレドの夢は、もう――!」


「まだ、終わっちゃいないさ。ボスモンスターがいるのは、なにもダルタロス火山だけじゃないからな。他のプールから脱出するという手は残っている」


 フレドはそう言って、敢えて笑った。


 もちろん、現実が厳しいことはわかっていた。


 都合よくフレドたちが軍の監視からフリーハンドで動ける機会はそうそうやってこない。


 他のプールから脱出するなら、地図は一から作り直しだ。


 専用機体の準備に、装備も揃えなければいけないし、相当な時間がかかるだろう。


 だが、諦めない。


 一○年後だろうと、五○年後だろうと、必ずいつか実現してみせる。


 フレド自身が無理なら、それができる奴を育てたっていい。


 冒涜者は死してなお、その知識を後世に残すことができるのだから。


 今のこの窮状が恋の罪だというなら――二つの夢を追い求めた代償だというなら、喜んで受け入れてやる。


「……わかったわ。あなたが諦めないなら、私も絶対に諦めない。約束する」


 ラブラが決然と頷く。


「いいじゃんいいじゃん。ヘコんでてもしゃーないっしょ。ウチらと一緒に逃亡生活、やっちゃう? 結構毎日パーリナイトでアゲアゲな感じで楽しいから」


 リエが沈んだ空気を吹き飛ばすような陽気さで叫ぶ。


 彼女は開戦の準備をするように、フネのブレード同士を擦り合わせて、刀身にこびりついた汚れを払った。


「その前にまず生き残らないと。今、僕たちが取れる選択肢は二つだね。皇帝から逃げて、スタンピードに紛れるか。それとも、スタンピードを避けて、皇帝と戦うか」


 カインが外と内を左見右見して言った。


 一般に、ボスモンスターは他のモンスターを率いるといわれるがそれは正確な表現ではない。


 羊が犬に操られるがごとく、ボスモンスターの威圧感に追い立てられて、強制的に進路を固定されているのだ。


 逆に言えば、ボスモンスターと密着していれば、スタンピードに襲われることはない。


「スタンピードの物量でひり潰されては敵わない。ならば、まだ、ボスモンスターを何とかした方がマシだ」


 フレドは即答した。


「勝ち目があるのか? 確か前のダルタロス火山のスタンピードでは、ボスモンスターを倒すのに、冒涜者の五個師団と、天使族の三つの軍団が必要だったと聞いているぞ」 


 シズが首を傾げる。


「幸い、今回のボスモンスターはそれよりは弱そうだよ。覚醒させられた時期が早すぎて、完全体ではないんだろうね。僕は赤ん坊の頃、スタンピードを経験しているけど、あの時感じた力の、大体八割くらいだと思う。それに、今回みたいに、本当の意味で天使族と冒涜者の第一線が協力したことは今までの歴史でないはずだから、十分に勝機はあると思うよ」


「……ここまで敵が強ければ、二割減でももはや誤差レベルだと思うが。まあ、仕方ないか。もはやアレは回避するとかいう次元じゃないしな」


 シズは、モニタに空と地上で合流し、一つの濁流となりつつなるモンスターの群れを映し出し、ため息をつく。


「ボスモンスターが完全に覚醒するまでに時間はない。付け焼刃かもしれないが少しでも戦力を強化しておく。カイン。悪いが、俺は天使族の遺骸を使わせてもらうぞ」


 フレドは、そこら辺に転がっている天使族の死体を一瞥して呟く。


 どんどん強くなっていく揺れ。


 計器が、地下から途方もない熱量がせり上がってくるのを観測している。


「当然だろうね。どうやら、近くに行軍中にやられたらしいフネがあるみたいだから、僕も冒涜者の死体を何体か頂くよ。失った質料を回復しないと」


 カインが頷いた。


 フレド自身も、カインも、すき好んで異種族を殺して回るタイプではない。


 だが、たとえ気が進まなくても、必要な時にやるべきことをやる。


 それが、戦場で生き残るということだ。


「え? ダーリン。冒涜者の死体食べるの? まずそう。っていうか、魔法の力のない冒涜者食べて何かいいことあんの?」


「ああ。実は、冒涜者の中には、色はないけど、質料に似た物はあるんだよ。冒涜者の言葉でいえば『器』かな。ただ、冒涜者のそれは、僕たちの質料と違って、色と繋がる力がないんだけどね。とにかく、僕たちの中に取り込めば質料が回復するんだ」


「ふーん」


「リエ……軍学で習っただろう。基礎も基礎だぞ」


 カインの言っていることは、冒涜者にとっても周知の事実だ。


 貴重な質料を回復する手段だったからこそ、天使族はかつてリスクを冒して冒涜者を非常食として飼育していたのだ。


 冒涜者にも質料に似た何かはある。ただそれは、冒涜者自身には役に立たないゴミというだけだ。


「ん? ウチそういうめんどいのは全部妹ちゃんに替え玉で受けさせてたからわかんなーい」


「全くクソ姉貴が! そのせいでボクがどれだけ苦労したと思ってるんだ。替え玉とばれないようにすることにばっかり気を取られてまともに授業を聞けずに、ボクまで座学の成績がめちゃくちゃになったんだからな!」


「……カイン。もし余裕があれば、フネから武器をバラしてもってきてくれないか。ボクサーは戦闘用装備が貧弱でな」


 時と場所も選ばない姉妹喧嘩に辟易としつつ、フレドはカインに要請する。


「わかった。なるべく回収してくるよ」


「じゃ、ウチが死体をバラすから」


「頼む」


 ボクサーのハッチから出たフレドは、リエが解体して取り出した天使族の兵士の骨を加工する。


 フネの動力源にするのには結構な手間がかかるのだが、今回は使い捨ての武器にするので、さほど時間はかからない。


「取ってきたよ。何が必要かわからなかったから適当にだけど」


「助かる。十分だ」


 やがて戻ってきたカインが投げ寄越した、バズーカ、ライフル、ブレード――種々の武器を直感とひらめきに従って連結していく。


 例えば、ボクサーのメイン武器は、バズーカを五本まとめたものにした。天使族の遺骸そのものを使った強力なエネルギー弾を発射できるようにした号砲だ。


 リエのフネは、同じく遺骸の弾丸の力を利用できるライフルと刀身を連結し、ガンブレードへと換装する。


 これくらいでないと、ボスモンスターには傷もつけられない。


「すごいな。冒涜者の技術者はみんなこんなに手早く、強力な武器を作れてしまうものなのかい?」


「まあ、フレドっちは、特別っしょ。なんせ、『万能』センセーから見込まれたフネいじりマニアのヤベー奴だもんね」


「あまり褒められている気がしないが――そろそろ限界だな」


 急いでボクサーの船内へと戻る。


 ボスモンスターの脈動が、足越しに感じられた。


「飛ぶよ。魔法で気流を調整してみるけど、期待はしないでくれ」


 カインがフレドたちを先導し、洞穴の外に出る。


 フレドたちもフネの羽を広げ、その後に続いた。


 ドゥゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 大爆発。


 逃げ出したのか、投げ出されたのか。


 衝撃と共に、フレドたちは空中へと舞った。

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