第30話 イネルス(2)
さらに一○分程戻り、イネルスはようやくフレドたちを追跡中の一団を見つけた。
天使族は五○体、冒涜者はそれよりは数が多く、二○○体ほどのフネがあるだろうか。
天使族は自らの羽で、冒涜者共はフネに備え付けられたまがい物のモンスターの羽で空を飛んでいる。
『暗部か! 冒涜者の真似事をした成果はあったんだろうな !?』
先頭のリーダーらしき天使族の男が、風の魔法を利用した秘匿通信で尋ねてくる。
近くにいる冒涜者への情報の漏洩を警戒してのことだろう。
(はっ。役立たずのくせに偉そうに言いやがって。おせーんだよ。クソが!)
『はい! 工作により、カイン・リエとカタハネの一味が殺し合うように仕向けました。今頃、相打ちになっているか、少なくとも双方のどちらかは片付き、もう一方も損耗しているものかと思われます。私が戦線を離脱した場所は、死の山の山頂付近右方、『悪魔の耳たぶ』辺りの洞穴です』
内心毒づきながら、それでも従者のままの口調で情報を伝達する。
もはや身分を装う必要はないが、この兵士たちがどんなに使えなくても、暗部の自分よりは立場が上なのだ。
『ご苦労。では、我々は早速現場に向かう。貴様はそこの羽ナシ共との連絡要員として、ゆっくり後からくるがいい』
『そんな! 私も連れて行ってください! せめて、カタハネの遺骸だけでも回収を――』
『うるさい! 質料の低いお前がいても、足手まといにしかならん!』
「貴様ら! なにをごちゃごちゃ話している! 手柄を横取りする気か! 俺たちにも情報を寄越せ」
冒涜者のフネが、苛立たしげな声で要求を突き付けてくる。
「冒涜者らしい下衆な勘繰りだな。ただ、我々はこのまま一足先に反逆者共を殺しに行くというだけだ。もたもたしていて敵に逃げられる訳にもいかない。ことは一刻を争うのだよ。それとも、そのまがい物の翼でお前たちも飛ぶかね? 気配を消す術を身に着けている私たちと違い、モンスターに襲われて死ぬだけだと思うが」
天使族の男が、皮肉っぽい口調で言う。
「ああ I なら、てめえらが、俺たちに魔法をかければいいだけだろうが!」
「おいおい。なんでも、反逆者共はモンスターに擬態する術を身に着けているというじゃないか。それなのに、お前たちには、できないというのか。自分たちの準備不足を棚に上げて、我々を非難するな!」
「クソっ。この野郎! 出来損ない共をぶっ殺すまでは共闘するという約定を破るのか。鳥野郎とぶっ殺し合うのは望む所だが、てめえらの上は怒るだろうな!」
冒涜者の怒声が響く。
「我々天使族はお前たちのような卑怯者ではない。約束は守るとも。そこのメイドを置いていってやる。奴に案内をさせるがいい。一人でもそちらに協力する者がいれば、それは『共闘』だろう?」
天使族の男は、もったいぶった口調でイネルスを指さした。
「おいこら! そんな詭弁が通用すると――」
「精々頑張ってくれたまえ。もっとも、辿り着いた頃には全て終わっているかもしれないがね。ははははははは」
高笑いと共に、天使族の戦士たちが死の山へと飛び去っていく。
(ちっ。こいつら、厄介ごとは全部オレに押し付けて、出し抜く気だ)
わかっていても、どうしようもない。
純粋な武力では、イネルスはこの阿呆共にすら敵わないのだから。
古人曰く、かつて、『天使』という言葉には『汚れなき無垢で正直な存在』という意味があったのだ――どこからか聞いてきた知識を、賢しらに語るラブラの顔が、なぜか一瞬頭をよぎる。
(ああ、確かにあんたは嫌になるほど純粋だったよ。お嬢様。だが、現実の天使族はこんなもんじゃねえか)
「くそがああああああああああああ! 任務が終わったら絶対にぶっ殺してやる! おい、てめえ! さっさと案内しやがれ!」
冒涜者が、今にも発砲しそうな勢いで銃口を向けてきた。
「わかりましたぁー。ついてきてくださいー」
男どもが好みそうな舌足らずな声で囁く。
冒涜者の男は、天使族と比べても圧倒的に性欲が強いらしい。
フレドのような種族を超えて欲情するような変態は、そうそういないと思うが、それでも、侮らせておいた方が操りやすいはずだ。
冒涜者を先導して、山を登る。
フレドたちの乗っていたフネのそれに比べると、幾分みすぼらしく思えるが、一応はこいつらも地形に紛れる程度の擬態機能はついている。
目的地へ移動するくらいはなんとかなるだろう――
「ぐあああああああああ!」
「隊長! 一三番、地雷系モンスターにより行動不能!」
「助けてくれええええええ!」
「一二九番! 滑落により隊列を離れます!」
「大事のためには犠牲がつきものだ! 進め」
そんな淡い期待は早々に打ち砕かれた。
(だめだ。こいつら、天使族のクソどもより無能じゃねえか! オレは幻惑系の魔法は使えないっていうのに!)
天使族は二流といえど、それなりの魔法を使える奴を揃えたが、この冒涜者どもはお散歩すらできないらしい。
戦争後の人材不足で、まともな冒涜者は用意できなかったのか。
(それとも、こいつらが普通でボクサーがすごすぎたって?)
認めたくないが、そういうことらしい。
「おい貴様! 何とかしろ! 先に行った鳥共みたいにモンスターのフリをする魔法を使えるんじゃねえか I 出し惜しみしてるんなら、承知しねえぞ!」
「使えたら、みんなと一緒に行ってますぅー! ちゃんと守ってくださいねぇー! 私が死んだら、案内する人がいなくなっちゃいますよぉー」
「ちっ! ゲスが!」
立場を利用して、冒涜者のフネの陰に隠れ、安全圏を確保する。
やがて、三割程のフネを失う損害を被りながらも、何とか山頂付近にやってきた。
といっても、まだ穴までは数キロの距離がある。
「おい! 情報班! レーダーの反応はどうだ !?」
「反応がありません!」
「くそっ。先を越されたか !?」
「いえ、天使族共の反応もありませんから、おそらく、フレドのジャミング機構の影響かと。状況は不明です」
「おい、貴様! 敵の状況を教えろ!」
「はいー。少々お待ちください。ウォーターボール」
(なんでもかんでも頼りやがって。オレはてめえらのママかボケが)
イネルスは、水の魔法を発動し、いくつかの厚みの違うレンズを作る。
カインやラブラのように生まれつき質料に恵まれた者は、何もしなくとも自然と力を感じ取れる。もしくは良いモンスターを食らっていれば、探知系の魔法もふんだんに使えるが、イネルスはそのどちらもない。
使っているのは、質料と色を節約するため、冒涜者の望遠鏡とかいう道具を応用した、暗部で教わる視覚補助魔法だ。狭い範囲しか見えないのが難点だが、それでも視力を何倍にも強化できる。
(大体、あそこらへんだったよな)
当たりをつけ、微調整を繰り返し、焦点を合わせる。
やがて、輪郭を明らかにするその光景は――
(マジかよ――無傷だって?)
「は、ははは、ははははははは」
演技することも忘れ、乾いた笑いが出る。
カインとリエが潜伏していたらしい洞穴に、今はボクサーもいて、突撃する無策な天使族の戦士をいいようにあしらってる。
ボロボロだったリエのフネも今は整備されたのか、動きがよくなっていた。
つまり、それは、イネルスの考える限り、最悪の状況であることを意味している。
今更この使えない冒涜者の兵士どもを突っ込ませたところで、そんなものは焼け石に水だ。
カインは、このレベルのフネ一○○体程度ならば一人で軽く相手ができる。
リエもカインに匹敵する実力を持っていると仮定するならば、合わせればフネ二○○体程度は余裕だろう。
それに加え、合体した貪沼を瞬殺したボクサー。ラブラが加わり、その力は何十倍にもなっている。
なにせ、天使族の英雄と冒涜者の英雄が力を合わせているのである。
寄せ集めの雑兵では、敵わないのは明白だった。
(もう、終わりか……これで)
任務の失敗は、すなわち死だ。
このことを上に報告すれば、立場の弱いイネルスは真っ先に粛清の対象になる。
今回のことも、上からの指示などなく、イネルスが勝手にやったと、蜥蜴の尻尾切りをされる可能性が高い。
(どうすればいい。ヨークまで戻って助けを求めるか?)
無理だ。
そんなことしている間に奴らは逃げる。
駐留する兵士がイネルスの言葉を聞くとは限らないし、上から圧力をかけて兵を動かすにはさらに時間がかかる。
そもそも、万が一それに成功したところで、イネルスの手柄にはなりはしない。
「おい! なに固まってる! 早く報告しろ!」
「ふぁーい。わかりましたー。だめですぅー。ボクサーも、リエもカインもぴんぴんしてますよぉー。天使族はボコボコですぅ。あーあ。もう終わりですねえ」
イネルスはその場にへたり込み、俯きながら投げやりに呟く。
腹いせに嘘をついて、こいつらを死地に突撃させてやろうかとも思ったが、それすらも億劫だった。
「そ、そんな。隊長ー! 無理ですよ。特破滅級のカインに、一○○○人斬りのリエに、ボクサーまでいる。どうしましょう。あれだけヨークで派手にあばれりゃあ、休戦派の連中も嗅ぎつけているでしょうし、このままじゃ、俺たち、処分されちまいます! 銃殺か、鉱山送りか、特攻要員か」
「まだあきらめるな! 直接討伐は無理でも、奴らの脱出口を塞げば時間を稼げる。その間に援軍を呼ぶんだ! ――おい、貴様、フレドたちの逃走ルートを教えろ」
(ん? こいつら、まさか、知らない?)
イネルスは、ゆっくりと顔を上げた。
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