第24話 カインとリエ

「――そういう訳で、『ブルーダイヤ』と『アルバトロス』の居場所の目星はついた」


 フレドは、連絡用の子機で呼び出したシズに、「符丁」を交え、状況を説明する。


「全く。あの人らしいといえばらしいが……、そもそもお前もお前だ。機密は共有する人間が増えれば増えるほど、指数関数的に露見する確率が上がるっていうのに。どうしてボクの周りにいる奴はどいつもこいつも自分勝手なんだ。不幸だ」


 件の『下々の星』に向かう道中、シズは息を吐くがごとく不満を並べ立てた。


 この段階で、フレドがラブラに計画を明かしたことが不満らしい。


 確かに、論理的にはシズの言う通りだ。


 でも、ラブラとの恋が成就しないと思った瞬間、自分でも信じられないほど素直に、洗いざらいラブラに心の内を明かしていたのだ。


 恋がこれほどままならないものなら、なるほど『罪』とされるのも納得である。


「ああ。自分でも愚かだとは思う。だが、それでも感情は止められない。こればっかりはな」


「はあ。随分幸せそうな顔だな。もしかして、これはあれか。もしかして、ボクが周囲を発情させるフェロモンでも出しているのか? それとも、周りがボクの分の幸福を吸い取ってるのか? いや、きっとそうだ。そうに違いない。ボクに近づくなああああああああああああ!」


 被害妄想じみた臆測を並べ立て、シズがフレドから距離を取った。


 もしかしたらシズは、姉と、フレドと、二人共恋をしているので、自分だけ仲間外れにされたような感じですねているのかもしれない。


 意外とこいつはそういう幼稚なところがある。


「フレド!」


 そんなシズを適当になだめながら『下々の星』の前まで来ると、向こうから見知った顔が二人。


「ラブラ――と、イネルスもいるということは?」


「ええ。納得してくれたわ」


 ラブラがイネルスの肩を抱いて満面の笑みを浮かべる。


「そうか……。よかった。ちょうど時間だな。……危険な反応はないが。ラブラはどうだ?」


 フレドはほっとして緩みそうになる心を引き締め、アミを一瞥する。


「特には感じないわ。カインほどの質料があれば分かるはずだけど、多分隠してるのね」


 ラブラが目を細める。


「ふむ。まあこれ以上考えても仕方ないな。――入るぞ」


 いつでも抜けるように銃に手をかける。


 両開きのスイングドアを肩で押し開けた。


 パパパパパン、と小さな破裂音。


「ひゃ、ひゃあ。な、なんですか !?」


 イネルスが悲鳴と共に、頭を抱えてしゃがみこむ。


「罠かっ !?」


 フレドは咄嗟に床を転がり、銃口を視界に入った人影に向けた。


「おめでとちゃーん! って、フレドっち、そんな物騒なものはしまってしまって! ウチのダーリンがブチ切れちゃう!」


 いつか聞いた、軽薄で、でも耳を傾けずにはいられないような芯のある声――リエがテーブルの上に腰かけていた。


 今は劇場で見た時と違い、偽装ではなく本来の姿だ。


 服は、ホットパンツにキャミソールで、肌の露出が多い。


 身体のパーツのバランスはシズに似ているといえば似ているが、二回りほど小さいので、一見すると、むしろリエの方が妹に見える。


 髪も寝ぐせのまま放置しているようなボブカットのシズとは違い、軍規を無視して七色に染め上げられたロングヘアで、見るからに派手だ。


 極めつけは、その表情。


 長年陰気な顔をし続けてきたシズ。常に明るいを通り越して娼婦街の蛍光色の灯りのごとく、暴虐じみた笑顔を振りまいてきたリエ。二人は骨格こそ似ていても、表情筋の付き方が違うのだろう。言われてみれば姉妹だと分からなくはない程度の類似性はあるものの、言われなければわからない程度の異質性を確保している。


「なんのつもりよ! いきなりあんな音させたら攻撃だと思うでしょうが!」


 ラブラがフレドを庇うように前に出て、怒りを露わにした。


「なにって。お祝いっしょ? ウチとダーリンと同じ、異種族同士の恋人のお仲間ができたから、せっかく、わざわざ破裂フグの幼体を用意してあげたんだし。それなのになに? 真面目な顔して!『罠か!?』とか、バリウケるんですけど」


 リエが心外そうに頬を膨らませて、足下の破裂した小袋を指さした。


 ああ、この人騒がせな感じは、間違いなくリエだ。


「この後、劇団の打ち上げがあるから、今日はここ、貸し切りになっているんだ。リエが機転を利かせて、『先に行って先輩方のために準備をするから』という名目で時間を作った。一応、僕も人払いの魔法をかけてあるから、しばらくは心配しなくていい」


 カインと思しき天使族の男がそう補足する。


 銀髪に、整った鼻梁、曇りなき純白の双翼。


 完全無欠の優男じみた風貌に、ゆったりとした窒息の雲魔製のガウンが憎たらしいほど似合っている。


 口元にはアルカイックスマイルを浮かべているが、リエを守るように半歩前に構えるその身のこなしには一切の隙がない。


 彼が評判通りの強者であることは、疑いようもなかった。


「なんでお前はこの短期間でそこまで劇団に馴染んでるんだ。まさか、変な毒で洗脳とかしてないだろうな」


「失礼ね。見た目はダーリンの魔法と、化粧と変装とでいじってるけど、ちゃんとウチは正式にオーディションを受けて入団したし。ま、街で活動する身分が欲しかっただけだから、別に脇役でアリアリだったんだけどさあ。そこそこ真面目にやってたら、なんか、評価されちゃってね。いい役くれるっていうのに、断るの不自然っしょ?」


 リエはそう言って、あっけらかんと笑う。


「そうだな。姉貴は昔からそういう奴だよ。そのせいでボクは……」


 シズが自動的にネガティブモードに突入する。


 だが、この時ばかりは彼女に同情した。


 リエという女は、本当にどうしようもなく天才なのだ。


「僕の方も、見た目を偽りこそすれ、誰かの職や命を奪うような真似はしてないさ。ちゃんとボーイの仕事をしていたつもりだ」


 カインが穏やかに語る。


「まあいい。まずは、俺たちと接触を持つという決断をしてくれたことに感謝するよ。もし逆の立場だったら、躊躇しただろうしな」


「リエは、『フレドは上に喧嘩売りまくりのヤベー奴だし、妹もいるから大丈夫っしょ』って言ってたけど、僕は警戒していたよ。だから、申し訳ないけど、信頼できるかどうか、劇場で君たちを観察させてもらった」


「……そうか。じゃあもしかして、俺たちの会話も?」


 だとすれば話は早い。


 まあ、色々、恋愛感情の告白やらをぶちまけていたので恥ずかしい部分はあるが、話の手間は省ける。


「いや、そこは君がしっかり防衛策を取っていたじゃないか。それに、いくらなんでも、恋人同士の会話を盗み聞くような卑劣な真似はしないさ。もっとも、透視の魔法で、二人の雰囲気は見させてもらったけど、それだけでも、君たちが本当に恋愛関係にあると分かったから、僕も信用することにしたんだ」


「……そうか。俺たちの状態は客観的に見ても、恋と言っていい状態だったんだな。よかった」


 フレドは頷く。


 自分の感情にもはや疑いはもっていなかったが、それでも第三者から認められると少し安堵感を覚えた。


「ええ。私たち、自分たちの感情が恋かどうか、確証がもてなかったもんね。――ねえ。あんたたちは、いつ恋だって気が付いたの?」


 ラブラが、興味津々な様子で尋ねた。


「んー? そんなもん、簡単っしょ? だって、ダーリンかっこいいし、戦場で会った瞬間に、『あっ。こいつがウチの彼ピッピだ』って理屈じゃなく思ったもん。最初は、急所外して攻撃して、捕まえてウチのものにしちゃえ、とかも思ったんだけどさ。これが、剣を振れない訳。不思議なことに。ウチにはダーリンを攻撃できない。だったら、一緒に逃げるしかないじゃん」


 迷いなくリエはそう言い切った。


 ぶっとんだ奴だが、こういう思い切りの良さは、正直、根が慎重なフレドには羨ましく思えた。


「僕は、彼女みたいに直感的には動けなかった。でも、天使族の義務だって自分に言い聞かせても積極的に殺す気になれなかったのは確かだよ。最初は、『リエと僕は実力が伯仲しているから、全力で戦えば相打ちになる。だから、隙を見て、彼女を殺せばいい』という気持ちでついて行ってたんだけどね。何日経っても、やっぱり無理だった。僕はリエを殺せない。殺せないどころか、どんどん好きになっていくんだ。彼女のブレなさとか、えくぼとか、手の温もりとか、どうでもいいことまでね。後から考えれば、やっぱり、禁忌の言う、一目惚れ、ということになるんだろう」


 カインは、憂いを帯びた表情で呟く。


 どうやら、彼はリエと違って割と現実的な思考をするらしい。


「殺せないか。そういえば、俺もラブラと初めて会った時、銃を抜けなかった」


「私もフレドをかみ砕いてやろうと思ったけど、できなかったわ」


 フレドとラブラは顔を見合わせて頷き合う。


「それ決まりっしょ。っていうか、私も舞台から見てたけど、あんたたちは間違いなく恋してるって。はあー、それにしても情けないわー。妹ちゃんさあ、フレドっちとあんなに一緒にいたのに、秒でかっさらわれてやんの。プギャー!」


 リエはシズをからかいながら、人差し指でその額を突いた。


「ボクとフレドは相棒だぞ! それ以上でも以下でもない! 大体、無茶しすぎて、誰もフネでパートナーになってくれる乗組員がいなくなった姉貴よりはマシだ」


 シズがその手を払い、怨嗟の籠った目でリエを睨んだ。


「いないんじゃなくていすぎるんですけど? 大体ウチの場合は、男と組むと向こうが発情して、上に生殖申請とか出しまくりやがるし、女と組むとやっぱりウチのこと好きになりすぎて、『性的な倒錯を誘発し、風紀を乱した』とか上にごちゃごちゃ言われるのよねー。結果的に、興味ない奴に絡まれてもウザいから一人でフネ回せるようになっただけだし。あんたの場合は、フレドくらいしか組んでくれるのがいなかったんでしょ? 全然違わね?」


 リエがシズの些細な反抗を、言葉の暴力で圧殺する。


「クソッ! こんな時だけ正論を! とにかく、早く任務の話をしろ! ボクたちがこんな形でT気に会合してるってバレたら終わりだぞ。大体、どこに軍の密偵が潜んでいるかわからないんだから

「こちら! ヨーク警備隊だ! 引き渡し協定に基づき、脱走者二名を確保する!」

「覚悟しろ! 天使族の面汚しめ!」

 ――って。え?」


 まるでシズの言葉が呼び水になったかのように、壁と天井の中心が轟音を立てて崩れた。

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