第23話 相談

(街の端から聞き込みを始めたのなら、今頃、あの子は大体この辺りかしら)


 ラブラは急ぎ足で当たりをつけた場所に向かい、魔力を込めた口笛を吹く。


 少し場所を変えて、二、三回同じことを繰り返すと、馴染みのある質料の気配を感じた。


「はうー。お嬢様ー! お待たせしましたー。ごめんなさい。裏切者たちの情報はまだ……」


 イネルスがパタパタと翼をはためかせ、空から降りてくる。


「いいのよ。だって――ああ、そうだ。周りに聞こえないようにしないと」


 ラブラはイネルスの手を握り、声を微弱な風の魔法に乗せて伝達する。


 フレドには骨伝導がどうとか言われたが、ともかく、これで他の者に話が漏れることはない。


(お嬢様――?)


 イネルスが不思議そうな顔をしながら、同じ魔法で言葉を返してくる。


(今から言うことは、誰にも話しちゃだめよ。絶対に)


(は、はい。なんだかよくわかりませんけど、お嬢様のおっしゃる通りに)


 ラブラは、イネルスにフレドから聞いたことをそのまま伝える。


 フレドが、世界の外を目指していること。


 その方法は、具体的で実現できる可能性が十分にあること。


 そして、カインとリエも殺さずに連れていくつもりだということ。


(はうー。あのあのあの! そんな大それたこと、急に言われても、なにがなんだか――)


 イネルスはラブラの口から放たれる情報の洪水に、目を白黒させた。


(ごめんなさい。本当はもっと考える時間をあげたかったけど、そうもいかないみたいだから)


 この後、カインとリエに会うとなれば、当然その時に、フレドは計画を切り出すことになる。ならば、今、ここでイネルスに決断を迫るほかない。


(お嬢様……)


(ついてきてくれるのなら嬉しいけれど、もし、私についてくるのが嫌なら、そうね……。逃げられるくらいの時間が経ったら――明日にでも、私たちのことを上に報告しなさいよ。そうすれば、少なくとも裏切者として殺されることはないはずだわ)


 ラブラにはそう言ってやるのが精いっぱいだった。


 自分はフレドのように頭はよくない。


 情けないが、この短時間で彼女のために用意してあげられる選択肢はこの程度だ。


(そんなことをしたら、お嬢様が殺されてしまいますよ。ひょっとして、あの冒涜者に騙されているんじゃないですか! 私、心配です!)


 イネルスが潤んだ瞳で、こちらを見上げてくる。


 フレドを悪く言うような物言いにカチンときたラブラだったが、よく考えるまでもなく、彼女のその反応は、天使族としては当たり前のものだった。


 もしかしたら、おかしいのは自分の方なのかもしれない。


 でも、忠告を受けてもなお、フレドを疑う気持ちはちっとも湧き上がってはこなかった。


(そうだとしても、フレドを信じると決めたのは私だから、後悔はないわ)


 ラブラはイネルスの手をぎゅっと握って、はっきりとそう宣言する。


(そうですか……。……。……。そこまでの覚悟がおありなら、私はお嬢様の従者ですから、最後までお供します)


 しばらく瞳を閉じて、考えていたイネルスは、やがて意を決したように口を開き、震える声で呟いた。


 怖いし、不安だろうに、それでもこの子は自分について来てくれるというのだ。

「そう! よかった! あなたがきてくれると、とても心強いわ!」


 感動に任せて思わず魔法を使うことも忘れ、イネルスを抱きしめる。


「お、お嬢様、苦しいですぅー!」


 イネルスがアップアップと細切れに息を吐き出す。


「ご、ごめんなさい。嬉しくて――じゃ、早速待ち合わせ場所に向かいましょう」


 ラブラはイネルスを解放し、その手を引いた。


「は、はい。でも、あの……」


「なに? 言いたいことがあるなら、今の内に言っておきなさい」


 何かを言いにくそうにもじもじするイネルスに先を促す。


「お、お、おトイレに行ってきても構いませんか? びっくりするお話を聞いたから、緊張してしまって」


 イネルスが頬を染め、小声で呟く。


「ぷっ。もう、なんだ、そんなこと。遠慮せずに行ってきなさいよ」


 何かもっと深刻な質問が飛んでくるかと思っていたラブラは、実際の答えとのギャップに吹き出す。


「すびませんー。――ふう。ふう。ふう。ピエッ。いたたたた。急がなきゃ」


 急いで駆けだして転んだ後、健気に立ち上がってまた走り出す。


「もう。全くあの子は、大丈夫かしら……。でも、よかったわ」


 イネルスがついてきてくれるなら、もう、ラブラがフレドたちと夢を見ることに、何の障害もない。


 新しい運命が始まる予感に、ラブラは身体の芯が熱くなっていくのを感じていた。

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