第22話 急転

 全ての演目が終わり、クモが閉じていく。


「素晴らしい。これぞ芸術だな」


 鳴りやまぬ拍手に加勢しながら、フレドは賞賛を口にした。


「もおおおおおお! 何でみんな死んじゃうのよおおおおお! もやもやするううううう! 誰か一人くらい幸せになりなさいよおおおおお!」


 ラブラはもどかしさをぶつけるように腕を高速でぐるぐると回す。


 そんな些細な動作も愛らしい。


「悲劇というのはそういうものだ。――じゃあ、出るか」


 フレドはサイレンサーなどの機器を回収し、紐を引く。


「ご利用ありがとうございました。当劇場をお楽しみ頂けましたでしょうか?」


 しばらくしてからやってきたむくつけきボーイ――アベルが、野太い声で尋ねてきた。


「俺は大変興味深く観させてもらった」


 フレドは行きと同じような格好でラブラを後ろから抱きかかえつつ、満足感と共に頷いた。


 色々な検閲や制限を受けても、ここまで自分たちの業を進化させてきたプロフェッショナルたちに素直に敬意を表する。


 もし、いつかフレドの夢が実現し、彼らが自由に創作できるようなった暁には、さらに感動的な作品を見せてくれるだろう。


「私もおもしろかったけど! 色々かわいそうすぎ! 特に最初の女の子!」


「確かに、俺の主観だが、後のメインを張っていた女優よりも、魔女役の少女の演技の方が上手いように感じたな」


「新人ですが……。しかし、そう言って頂けると、演じたあちらの彼女も役者冥利につきるかと思います」


 アベルはフレドたちをクモから地上へ抱え下ろしながら、顎で足下を示す。


 そこでは、出入口の両脇に並んだ演者たちが、観客へのファンサービスを行っていた。


 端の方に、第一幕で魔女を演じた少女もいて、観客との握手や雑談に応じている。


「へえ――ねえ、フレド。あれは、なにをやってるの?」


 ラブラが、観客から渡されたパンフレットに何かを記している少女を見て、尋ねてくる。


「うん? あれはサインだな。自分の気に入った役者の名前とかを書いてもらって、今日の想い出の記念品にするんだ」


「へえ! 素敵ね。私もあの子のサインが欲しいわ」


「気持ちは分かるが、これ以上劇場に手間をかけるのはな」


 フレドはちらりとアベルの様子を窺った。


 当たり前だが、退出時も、天使族と冒涜者の分離は徹底されている。


 つまり、天使族のラブラは、冒涜者の役者である少女に話しかけることはできない。


「お客様、それでしたら、もしよろしければ、お客様がお嬢様の代わりにサインを貰って差し上げるというのはいかがでしょうか」


 フレドたちを運び終えたアベルが野太い声で呟く。


 ふむ。どうやらそれくらいならば、『セーフ』らしい。


 ならお言葉に甘えさせてもらおう。


「ああ、それはいい。ラブラ、パンフレットを貸してくれ」


「はい」


 ラブラが抱えていたカラフルなパンフレットを受け取り、少女へと近づいていく。


「この度はご観覧ありがとうございましたー! どうでしたか? 楽しんで頂けました?」


 舞台の上とは真逆のはじけるような笑顔で少女が尋ねる。


「とてもよかったよ。ツレと二人とも、あなたのファンになってしまった。だから、よければサインをお願いできるかな。一つは、『ラブラ』へ。もう一つは『フレド』へ」


「はい。よろこんでー!」


 少女は、ラブラとフレドのパンフレットを受け取り、さらさらとペンを走らせる。


「はい。まずこちらです」


『ラブラ様へ 応援してくださってありがとうございます。あなたの真剣な眼差しと涙、確かに私は感じていました』


「ありがとう」


「はい。次はあなたに」


『フレドっちへ。七の鐘に猫のうんこで待つ。追伸:あんたもやるじゃん。妹ちゃんだけじゃ飽き足りないなんて、このエッチッチのチー』


「おい。お前――」


 瞬間、フレドは目を見開いた。


「はい。次の方どうぞー」


 声をかけようとするが、少女へと押し寄せる人波に流されて近づけない。


 どうやら、わずかの間に奴は、人気女優へと昇りつめやがったらしい。


 ここで軍の強権をちらつかせて逮捕させることもできなくはないが、それではフレドの計画は破綻する。


 というか、こうして向こうから接触を図ってきたということは、逃げ道くらいは用意しているのだろう。


「フレド。サインは? ――どうしたの。そんな怖い顔して」


「後で話す。そうだ! あのボーイ――アベルは !?」


 フレドはラブラにパンフレットを押し付けながら尋ねた。


「なんか、『それでは、私は次のお客様を誘導しなければなりませんので』とか言って、劇場に戻っていったわよ」


「チッ。遅かったか」


 あの新人女優がリエならば、自分を誘導したアベルはカインだと考えるのが自然な帰結だ。


「もう。独りで納得してないで、説明してよ!」


「場所を変えるぞ」


 ラブラの腕を引っ張って足早に劇場を出ると、路地裏に場所を移した。


 再びサイレンサーを張り、会話の漏洩を防ぐ。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ。いきなりこんな所に連れ込んで。だ、だめよ! 私がいくらあなたに恋をしてるっていってもこういうことはまだ早いっていうか、順序を踏んで欲しくて、でも嫌って訳でもないし、興味もあるにはあるんだけど――」


 ラブラが頬を両手で挟み、身をくねらせる。


 どうやら、脳内で妄想を爆発させているらしい。


「何を勘違いしている。任務だ。あいつらが接触を図ってきた。あのボーイがカインで、第一幕に出てた少女はリエだ」


 ラブラに、現状を突きつける。


「えっ! あれが? 全然、前に見たカインと違うんだけど !?」


 ラブラが素っ頓狂な声を上げる。


「ああ。リエの方もそうだ」


 フレドは顔を歪めた。


 接触を誘発したのは自分とはいえ、主導権を向こうに握られてしまったのは悔しい。


「でも、そうか。カインは魔法の達人だから、あれくらいの変装はお手の物よね。身体強化と、幻想魔法の合わせ技かしら」


 ラブラが納得したように頷く。


「それで、リエの見た目もいじっていたのかもな。まあ、そうでなくても、あいつは化粧とかで七変化する化け物だ」


 リエとは、すなわち、モンスターよりも予測不能な不可思議生命体である。


「で、向こうはなんて?」


「七の鐘――三○分後に、あいつら指定の喫茶店『下々の星』で会おうと提案された」


『猫のうんこ』とは暗号――というほどでもないが、仲間内だけで通じるスラングのようなものだ。


 中立都市で有名な、草食い猫の腸内で発酵した木の実から作る、特殊なお茶を出す店のことである。


「会うのよね?」


「当然だ。俺はシズを呼んでくる。ラブラはイネルスの方を頼めるか?」


 皆で定めた集合時刻まではまだ二時間あるが、それでは先方が指定してきた時刻に間に合わない。


「わかったわ。イネルスを拾ったら、直接店に向かえばいい?」


「それで頼む。店は劇場の裏の目立つ位置にある。腹を掻っ捌かれたハーブキャットが干してあるから場所はすぐにわかるはずだ」


「了解」


 二手に分かれて街を駆け出す。


 どうやら、フレドの計画も、今や佳境に入ったようだ。

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