第25話 脱出
「伏せろ!」
近くにいたラブラとイネルスを掴み、テーブルの下に滑り込む。
そのままの勢いで、靴底でテーブルの底面を擦れば、仕込んでいたコカトリスの息が噴出する。
強化されるテーブル。
即席の盾が完成する。
頭上スレスレを通過していく弾丸と、天井から降り注ぐ炎の槍。
確保と言いつつ、殺意に満ちた攻撃だった。
「ああ! もう! これじゃまるでボクがこの事態を呼び寄せたみたいじゃないか! 僕は不幸だけど、不幸になりたくて、不幸な訳じゃないぞ!」
シズがなにやら哲学的な苦悩を漏らしながらも、芸術的なジャンプで斜め上に跳ぶ。
そのまま、二口ヤモリの手のグローブを発動し、天井の隅に張り付いて、攻撃を回避する。
さすがはフレドの相棒。
見事な生き意地の汚さだ。
(開戦派か? リエとカインの確保にかこつけて俺たちを消しに?)
フレドは瞬時に思考を繰る。
フレドのレーダーにも、シズの危機感知にも反応せず、カインとリエの施していた隠蔽工作も突破した。
それなりの装備と技術がないとできないことだ。
ヨークの警備隊を名乗っているが、それならば、本来仲の悪い天使族と冒涜者が共闘しているのは不自然だ。しかも、中立という名の事なかれ主義のヨークならば、本来は殺すよりも、『追い出す』方が優先されるはず。
だとすれば、籍だけ借りた、もっと『上』が関わっているチームと考えるべきだろう。
「マジ?」
「……悪いけど、会談は中止だ。この早さ。僕としては、君たちの中の誰かが、情報を漏らしたとしか思えないな。残念だ。本当に」
シールドを張って防御に徹していたカインが、こちらに疑いの眼差しを向けてくる。
「ちょっ。ダーリン? こいつら、何か話があったっぽいけど?」
「ダメだ。リエの安全が最優先だ。もしかしたら、当たり障りのない会話で敵が来るまでの時間を稼いでいたのかもしれない――タイムグラビティ」
カインがリエを抱き上げた――そう思った次の瞬間には、二人の姿はもう消失していた。
「おい! どういうことだ! 鳥頭! 逃走手段は全部潰したって言っていただろうが!」
「黙れ! やっていた! 豚の糞みたいな味がする非常食の気配がまじらなきゃ、こんなことには!」
店内になだれ込んできた兵隊共が悪態をつく。
一応形だけの連携をしていても、やはり仲はよくないらしい。
「ふ、フレド! どうするの?」
「大丈夫だ。任せておけ――こちら、軍規21条で保障された独行権により、任務対象者二名を追跡、確保に向かう!」
フレドはラブラへ安心させるように頷きかけてから、これみよがしにそう宣言する。
衆目の中でカインとリエを庇えば、フレドたちも反逆者扱いされてしまう。
というか、現状でもここでじっとしていれば、難癖をつけられて殺されかねない。
悔しさに奥歯を噛みしめるが、そんなことをしていても何も問題は解決しない。
だから――
(待たせたな。出番だぞ)
右手で左胸のポケットを三回。
ヨークの外に隠してあったフネ――ボクサーを起動する。
『警報! 外部より飛翔体あり! 住民のみなさんは屋内に避難してください! 繰り返します! 住民のみなさんは屋内に避難を!』
時報とは異なるけたたましい鐘と共に、街中に響き渡る警告。
今頃、ボクサーは集中砲火を浴びせられているだろうが、三○年ごとにしか更新されないヨークの時代遅れの装備で、最先端の最先端をいくフレドのフネは落とせない。
「もういい! 出来損ないのカタハネも反逆の疑い濃厚だ! 羽無し二匹と一緒にぶっころ――プギャ!」
わずか一○秒ほどで、ごちゃごちゃぬかす天使族の兵士どもを押しつぶして、フレドの前にボクサーは着地した。
頭を直撃してはいないから多分死んではないだろうが、もし死んでいても知ったことか。
「これは、我がヨークの自治権に対する侵害である! 治安維持法9条特記事項に基づき、我々には応戦の権利がある!」
冒涜者は天使族の兵士がダメージを受けたことをこれ幸いに、そう言い訳じみた言葉を繰りながら、市街戦用の小型フネの銃口をこちらに向けた。
「みんな、乗れ!」
フレドはポケットから取り出したカプセルを床に叩きつける。
たちまち舞い上がる妖精の鱗粉が、フレドたちの姿を隠した。
「くそっ。見えねえぞ! 計器もイカレてやがる!」
冒涜者たちが狼狽する。
マニュアル操作に頼っている兵士ではその程度が限界だ。
フレドはさらに混乱を煽るように、ニードルガンで牽制しながら、他の三人の乗船時間を稼ぐ。
「フレド! いけるわよ!」
攻撃士の位置についたらしいラブラがブレードを振り回す。
彼女が稼いだ寸毫の時間を見逃さず、フレドもハッチへと身を投じた。
「おい待て! お前たちには、反逆者との密会に関する事情聴取に応じる義務が――」
「どうやら『不幸な誤解』があったようだが、まずはカインとリエの確保が優先だろう。そして、先にも述べた通り、俺たちには独行権が保証されている。以上!」
フレドは一方的にそう通信を打ち切ると、跳び上がって店の破壊された天井を抜ける。
飛行ユニットを射出し、クモと城壁の間にある僅かの隙間をすり抜けて、外へと脱出する。
上から魔法、下から砲撃が間断なく降り注ぐ。だが、モンスターの攻撃に比べれば軌道の予測しやすいそれを回避することは、フレドにとっては児戯に等しい。
(やはり、中立都市全体の意向ではないな。一部の独断だ)
フレドは確信を深めた。
ヨークは要塞都市である。
もし、本気でフレドたちに対抗しようとあらかじめ準備していたなら、こんなにぬるい攻撃なはずがない。
防衛部隊の多くは、突然の戦闘に戸惑っているような感じさえ受けた。
「とんでもないことになっちゃったわね……これからどうするの?」
「プールの外に出るという大方針は変わらないさ。ヨークから出ると思われる追跡隊よりも前にカインとリエと接触し、再び説得した上で計画を続行する」
不安げに言うラブラに、フレドは努めて冷静に答えた。
「ええっ! そんなの、間に合うんですかー?」
「集団行動を取る軍隊よりも、個人の俺たちの方が速いのは自明だ。それに、このフネにはカモフラージュ機構を積んでいる。モンスターを相手にしながら進まなければいけない追跡隊よりは、圧倒的に有利だ」
イネルスの問いに、フレドは即答する。
「……まあ、ボクが姉貴につけたマーカーもあるしな。現在はダルタロス火山方面を示している。もっとも、揮発性だから長くはもたないぞ。急げ」
シズがぼそっと蚊の鳴くような声で補足した。
「あ、あんた。いつの間にそんなの仕込んだのよ」
「姉貴がボクにデコピンしてきてただろう? あの時だ。ボクをからかう時はいっつもあんな感じだからな。事前に予測していれば無臭のモンスター性フェロモンを擦り付けるくらい造作もない」
「リエはそういうところは無頓着だからな。というか気付いていてもおもしろがってわざと無視するようなところがある」
リエは天性のヒロイン気質というか、トラブルをトラブルとは思わず、誕生日かなにかと同じようなイベントとして楽しんでいる節がある。
天才故に許される傲慢だが、端からみればその生き方は危なっかしくてしょうがない。
そういう意味では、カインがリエを放っておけず、庇護欲を掻き立てられている様子なのも分からなくはない。
「本当に冒涜者って色々な奴がいるわねえ……」
ラブラがしみじみと呟いた。
「なんだ。その顔は。ああ。わかってるわかってる。こう言いたいんだろう? 姉貴は正々堂々宝石のように輝いているのに、どうしてこいつはゴブリンや毒ネズミみたいな後ろ暗い工作ばかり得意なんだろうって。そうだよ。どうせボクは一○○○年も地中に籠っていても、地上に出たら一週間足らずで死ぬ、ネクラチビゴミゼミのごとき日陰者だよ。くそがっ!」
シズが呪詛の言葉を吐きながら舌打ちする。
「そんなこと言ってないでしょう。むしろ、感心していたわよ」
ラブラが呆れたように呟いた。
「ふう。ともかく、計画は続行だ。目標、ダイタロス火山」
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