第19話 神話
(楽しみだわ。どんなお話かしら)
ラブラは、うつ伏せに寝転がった格好のままで、左脚をバタつかせた。
『蛇穴より深く、夜よりも暗い闇の奥底に、小人ぞある』
厳かなナレーションと共に、劇が始まる。
地下を表す、土壁のバックグラウンド。
闇魔法によって演出された黒の中に、怪しい灰色の光が浮かぶ。
まるで色を失った世界。
そこに、小柄な少女がぽつんと一人きり。
「ああ。独りだ。私はどうしようもなく独りだ」
無表情のまま、少女は涙を流す。
少女は寂しさを紛らわすように、戯れに粘土をこねて、自らの姿に似せた人形を作る。
何体も。何体も。何体も。何体も。何体も。
おそらく、彼女は知らないのだ。
自分以外の存在を。
(なんか暗いわねえ。でも、もし、イネルスがいなければ、私もこんな風だったかも)
期待していたような楽しい話ではなさそうだが、不思議と引き込まれる。
「私は私。私に、私で、私と、私で、私が」
少女は人形を通じて、自らと語らう。
無意味なままごとを繰り返していく内、いつしか、人形は魔法の力を持つようになった。視界と感覚を共有する、まさしく彼女の操り人形へと変化したのだ。
「どこかに、私以外のヒトがいるかもしれない」
微笑。
熟しきった果実のような甘い声で、少女は呟く。
その声は美しく、どこか熱に侵された患者のように危うくもあった。
無数の人形が変形する。彼女たちが、獣じみた格好で、一斉に土壁を掘り出した。
(がんばりなさい! 自分の世界は自分で変えるしかないのよ!)
もうちょっと真剣に見ようと決めたラブラは、起き上がり、三角座りの格好になる。
その間にも舞台は進行し、壁に挑んだ人形のいくつもが壊れていった。
爪が剥がれ、腕が折れ、時に崩れた壁の下敷きになりながらも、やがて、数体の人形が壁を食い破って崩壊させた。
瞬間、閃光。
一瞬で舞台が切り替わる。
地上と、空中。
二つに分けられたセットに対応して、登場した二人の男。
それぞれに少女を模した人形が向き合っている。
本人の姿は見えない。
地上には威風堂々と立つ、大型のゴーレムにも似たフネから顔だけ出した冒涜者――これは巨人役か。
空中には、クモに横臥の形で浮遊する、クチバシとトサカをつけた天使属――これは神鳥役だ。
「おうおう。井戸の奥からスライムが出てくると思えば、なんだてめえはたまげたなあ」
「おやおやお嬢さん。火山の奥から、ドラゴン以外のものが出てくるなんて、これはどういう風の吹き回しですか」
ほぼ間を置かず、巨人と神鳥が呟いた。
これは、男たちが同時に人形と遭遇したという演出か。
「「ねえ。私、独りなの。あなたは?」」
人形が、哀れを誘う声で問う。
「「寂しくないさ。親友がいる」」
巨人と神鳥が声を重ねる。
巨人は上、神鳥は下を見て、視線を合わせて微笑み合う二人。
「「うらやましい。うらやましい。私も仲間に入れて」」
「「構わない。友が増えるのは、善いことだ」」
「「ああ。うれしい。うれしい」」
くずおれる二体の人形。
どこからともなく、先ほどの少女が出現する。
巨人が少女を抱え、戯れに上へと投げる。
受け取った天使が、少女を下へと投げ返す。
やがて、輪になって歌い踊る三人。
お手玉のように、地上と空中を回り、陽気な音楽が劇場中に轟いた。
(よかった。独りじゃなくなったのね)
ラブラがそう思ったのも一瞬、再び舞台が暗転する。
ゴツゴツした岩場。
地上には、巨人と少女だけ。
「……俺はお前が好きだ」
巨人がその大きな身体を屈め、跪いて囁く。
「私もあなたが好きよ。だから、この槌をあげる。大地に穴を開けて、いつでも私に会いにきて!」
少女が満面の笑みを浮かべて言う。
女性のラブラでもとろけそうになるほどの、魅惑的な表情で、巨人に手作りのウォーハンマーを手渡す。
「違う! 違うのよ! あんたの『好き』と、巨人の『好き』は!」
ラブラは思わず叫んだが、なぜか自分の声がよく聞こえない。
(そういえばフレドがこのクモに何か仕込んでいたっけ)
さらに舞台は暗転。
舞台下を流れる雲海。
今度は空だ。
「……ボクはあなたが好きです」
「私もあなたが好きよ。だから、この流星錘をあげる。火山口を伝って、いつでも私に会いにこられるように」
少女は巨人に対するそれと全く同じ声色で、重りのついた金属の縄を神鳥に贈った。
さらに、暗転。
再び、空と地上に二分割された世界。
「「さあ、あの娘に会いに行こう」」
火山に流星錘を投げ入れる神鳥、大地に槌を振り下ろす巨人。
間髪を容れずに舞台が切り替わる。
「ああああああああああああああ、だめええええええええええ! 巨人と神鳥は会っちゃだめなのおおおお!」
開演時と同じ、薄暗い地下。
ラブラの叫びも虚しく、二人は邂逅してしまう。
「「なぜ、お前がここに?」」
声を重ねる神鳥と巨人。
神鳥の高音と、巨人の低音が入り混じり、不気味な不協和音を含んだ音楽が流れ出す。
「「愛しいあの子に会いに」」
再び、重なる意志。
「そんなはずはない。あいつは俺を好きだと言った」
「私だってそうです」
「本当か? 俺は、あいつからこの槌をもらった」
「私とて、この流星錘をもらいました」
「嘘だ」
「あなたこそ嘘ではないですか」
「なら、戦って確かめよう。もしお前の言っていることが本当だとするなら、あの娘は、強い武器を与えた方を、より好いているはずだ」
「ああ。そうだ。確かめなければなりません」
巨人が槌を振りかぶる。
神鳥が流星錘を振り回す。
雷鳴が轟き、火の粉が舞い、交錯する二つの影。
またもや暗転。
喧騒と真逆の静寂が、劇場に満ちる。
闇の中に生える、二つの赤のスポットライト。
相打ちとなり、共に地面にくずおれた、神鳥と巨人の姿が露わになる。
「ああ! そんな! ああ! ああ! ああ! ああ!」
舞台袖からやってきた少女は、その姿を見つけ、この世の終わりのような顔で慟哭した。ああ。そうだ。これが、世界の終わりの始まりだったのだ。
「――サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ サミシイ」
一転して、無表情になった少女の目からは滂沱と涙が流れ、口元には気が触れたような微笑だけが浮かんでいた。
少女は神鳥のトサカとクチバシを奪い、巨人の脚と腕をもぎ、不気味な人形を作り上げる。
いや、もはやあれは人形とはいえない。完全なモンスターだ。
『罪に苛まれ、悪しき魔女が永劫の人形を繰る。かくて、世界は魔に満ち満ちて、我らおしなべて実存の罪人なり』
重厚なナレーションが響き、再び舞台がクモに閉ざされる。
観客席側に、光量が戻った。
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