第20話 現実

「えっ。これでおわり?」


 ラブラは拍子抜けした顔で、隣のフレドの顔を見つめた。


「ああ、第一幕は終わりだ。しばらく休憩だな」


「そんな! それじゃあ、あの女の子はどうなるのよ!」


「多分、これ以降は登場しないぞ。神々の争いは、いわば物語の導入部だからな。メインは、この後の『出楽園行パラダイスロスト』だ。神々の時代が終わり、苦しみ多きヒトの時代が始まる」


 フレドがパンフレットに目を落として呟いた。


「そんなあ。それじゃあ、あまりにもあの娘がかわいそうじゃない。ただ、友だちが欲しかっただけなのに! これからずっと独りで苦しんで生きていけって言うの !?」


「ああ。確かに作品の犠牲者だな。神鳥は天使族の祖先で、巨人は冒涜者の祖先とされている。天使族も冒涜者も、どちらのルーツにも悪人役をさせる訳にはいかないから、第三者的な小人の少女のキャラクターにモンスターが誕生した理由を押し付けてる訳だしな。――しかし、脚本と演出が前より格段に良くなっている。少女を単純な悪人にしない方が、物語に深みが出ていいな」


 フレドは満足そうに頷いている。


 こんな時でも、真剣で一生懸命なフレドはかっこいいとは思うが、今欲しい言葉はそれじゃなかった。


「そういうことを言ってるんじゃないの。私は、どうやったらあの子を苦しみから救ってあげられるかって、そういう話を――」


「落ち着け。虚構だ。あの魔女役の女優の演技は神がかっていたから、感情移入する気持ちも分かるが、それでも作り物だ。泣かなくていい」


 フレドは優しい声音で言って、ラブラの頭を優しく撫でてくる。


 そこで、ラブラは初めて、自分が泣いていることに気が付いた。


(嘘のお芝居になにムキになってんのよ。私は)


 そう思うと、急に恥ずかしくなってきて、頭の中がクリアになる。


 もちろん、理解していない訳ではなかった。


 神話というものは、わかりやすく昔の出来事を伝えていくための嘘であって、本当にあった出来事ではない。実際、ラブラが学んだ神話にはあのような少女はでてこなかった。


 でも、なぜか無性にいたたまれない気持ちになったのはなぜだろう。


 まるで、あの少女が自分そのものであるかのように思えてならなかった。


 多少似ている境遇だったにせよ、あの少女と自分では、容姿も環境も全然違う風だったのに。


 ああ。そうか。


 自分が不安なのは、彼女に異常な感情移入をしてしまった原因は――


「……そうね。でも、あれは嘘でも、私たちはここにいるわ。でしょう?」


 ラブラは拠り所を探すように、フレドの服の袖を掴んだ。


「ラブラ?」


 フレドが不思議そうにこちらを見つめる。


「ねえ。フレド。もし、もしよ? 私もフレドに恋をしているとして、未来はどうなるの?」


「……それは、任務を全て達成した後ということか?」


「そうよ。私たちは、カインとリエを倒すために一緒にいる。でも、それが終わったら、また離れ離れにならなきゃいけないわ。一緒にいる理由がないし、私たちが一緒にいたいって言っても、他の誰も――世界が許してはくれないもの」


「世界の常識に従って、論理的に考えればそうなるな」


 フレドが頷く。


「どうしてそんなに冷静なのよ! フレドは私と一緒にいたくないの !?」


「そんなことはない。だから、一緒になんとかする方法を考えよう。ラブラには何か案はあるか?」


「あるけど……、結局、前も言ったことと同じよ。今回の戦果を手土産に、自由行動をする権利を手に入れて、そして、誰にも負けない強さを手に入れる。いつか私が天使族の中で最強になったら、フレドと一緒にいても、誰も文句は言えないわ」


 そう言ってはみたものの、あまり自信はなかった。


 前にこの話をした時にフレドに反論された内容に、言い返すことができるほどの根拠を持っていなかったから。


「ふむ。それにはどれくらいの時間がかかる?」


「時間? 分からないわ。わからないけど、一生をかけてやり遂げてみせる」


「それだと、俺は困る。冒涜者の俺と、天使族のお前では寿命が全然違うからな。ラブラが事を成した時には、多分俺はこの世にはいない」


 フレドが目を閉じて、首を横に振る。


 そうだ。


 そうだった。


 冒涜者と天使族では生きている時間の流れが違うのだ。


 どんなに頑張っても、引き絞られた弓矢のように一生を駆け抜けるフレドのスピードに合わせて、自分は最強にはなれない。


 じゃあ、もう無理なのだろうか。


 フレドと一緒にいることは。


 彼の声も、今、服越しに感じている体温も、匂いも、姿形も、全ては思い出になって、懐かしむことしかできないというのか。


 そう認識した瞬間、目の前がまっくらになった。


 それは、自分がカタハネの半端者だと自覚した時以上の衝撃だった。


 自分が今失ったのは、『愛』よりも激しく、抑えきれない衝動。


 ああ、そうだ。


 もう否定できない。


 つまりはこの感情が――。


「そう。そうよね……。フレド――私はあなたに恋をしているわ。だとしても、カインやリエのように、全てを捨てて、一緒に逃げるなんてことはできない」


 ラブラは、そう言いながらも、自分が吐き出す言葉に胸が張り裂けそうになる。

 大魔法を発動した時よりも、苦しくて、辛い。


 でも、だめなのだ。


 フレドのことは好きだが、もし、全てを投げ捨てて彼についていくならば、それはもはやラブラではない。


「そうか」


 フレドは瞑目したまま相槌を打つ。


「私には、名家の――いえ、家はどうでもいいわ。優れた質料をもって生まれた存在としての責任がある。力を活かして、仲間を守らなきゃいけない」


「だろうな。ラブラは正しいよ。もし、ラブラが全てを置いて逃げ出すような性格なら、俺はお前に恋をしていない」


 フレドは真剣な顔でそう言って、励ますようにラブラの肩を叩いてきた。


「ありがとう。――でも、忘れましょう。これ以上は、お互いにつらくなるだけだわ」


 ラブラはフレドの服からそっと指を離す。


「おいおい。待て待て。勝手に話を終わらすな。まだ、俺のアイデアを聞いてないだろう」


 フレドが慌てたように手をワタワタさせて苦笑した。


「じゃあ、あんたはあるっていうの? 私たちがそれぞれのやるべきことから逃げないで、それでも一緒にいる方法が」


「ああ。ある。――これからも俺たちが共に歩める方法が。しかも、俺のアイデアが上手くいけば、リエもカインも殺さずに済む。どうだ。いいことずくめだろう」


 フレドは自信ありげにそう断言した。

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