第12話 オルトロス

「そろそろ見えたか?」


 フレドが呟く。


 今のフレドの目は、見ながら見えていない。


 フネの操作に神経を集中するため、観測の全てを相棒に委ねていた。


 それはまるで全身でいくつもの楽器を演奏しているような、繊細で緻密な作業。コンマ一秒でも反応が遅れれば、オーケストラは調和を乱し、不協和音を奏でだす。


 それが、自動制御の補助なしに、手動でこのクセのある機体を動かすということだ。


 もっとも、手動にはより素早く、正確に操縦士の意図を再現できるという利点もあるのだが、そんな些細なメリットよりも、集中力を常時維持することの困難さが上回るので、ほとんどの操縦士は常に自動制御に頼り、手動操作ができない者の方が多い。


 そもそも、フレドが今、手動で動かしているのも、必要に迫られた結果であって、本意ではないのだ。


 というのも、今動力源としている天使族の遺骸は、あくまでラブラたちと合流するまでのつなぎとして用意したものだ。そもそも、嫌われ者のフレドたちにまともな遺骸が回ってくるはずもなく、出力を限界まで上げた状態のブレードを維持するには、余計なエネルギーを消耗しないため、他の全ての機能をオフにして手動にするしかなかったのである。


「ああ。集雷級のキメラが三体だな。タイプは、『風、主武装 廃棄動力源』、『水、主武装 廃棄兵器』、『火、主武装 潤滑油』」


 シズは一瞥で敵の正体を看破する。


「あいつらは?」


「無事だが……。チッ。ああ、不幸だ! あいつら、キメラを誘導して同士討ちさせようとしている」


 シズが舌打ち一つ呟く。


「何か問題が? 戦力を考えれば妥当な作戦だろう」


 フレドは、むしろラブラの思考の柔軟さに感心した。


 天使族は基本的に自分の力に自信を持っており、正面決戦を好むタイプが多いのに。


「いや。今回は、『オルトロス』だよ。残念なことに。ああ、最悪だ。やってられない」


「……三体の戦力の拮抗したキメラが、偶然、この辺境の寒村に同時刻に出現したと? ありえるか?」


 モンスターも生命であるからには、個々に自己保存欲求を有しており、強きが弱きを食らうという、自然動物と同じ原理に基づいて行動している。


 しかし、なにごとにも例外というものはつきもの。


 いかにキメラがモンスターの中では知能が低い方とはいえ、動物よりは賢いからモンスターと呼ばれるのである。


 二体のキメラが出会い、このまま潰し合えば、どちらも助からないとお互いが判断した時、キメラは『合体』する。


 その事象を、フレドたちは『オルトロス』と呼んでいた。


 そんなことは、一○○回キメラ討伐に向かっても一回あるかないのレアケースである。ましてやそれが三体となれば、天文学的な確率になるのだが、その脅威が今眼前に現出しようとしているのは間違いないようだ。


「ないに決まってるだろう。誰かがキメラを『育てた』のは間違いないだろうな。そもそも、あいつら肥大しすぎだろう。戦後は色んな兵器の残骸が出るから、キメラが成長しやすい環境にあるのは確かとはいえ、激戦地でもない辺境で、あんなにでかいキメラが三体も生まれるのは不自然だ。主武装から見て、軍部の連中の仕業じゃないか?」


 シズが毒々しく吐き捨てた。


「あり得るが、休戦したばかりで戦力にゆとりがない状況で、キメラを管理飼育する余裕は軍部にはなさそうだが……」


「さあな。案外、天使族が協力してるという線もあり得るんじゃないか。奴らは、より強大な力を得るために、モンスターを『飼う』ことがあるというし」


「ラブラたちも含め、俺らを消したい双方の勢力が共謀したと? 確かに今すぐにでも戦争を再開したい馬鹿はたくさんいるな……。しかし、ここまでタイミングを合わせてくるとなると、俺たちの位置情報を漏らしている内通者の存在も想定しておく必要まで出てくるぞ」


「とにかく、用心することだ。最高がその想像を上回ることはないが、最悪は常にその想定を超えてくる。……そろそろだな――いくぞ」


「了解。敵、爆石級キメラ。作戦目標、『蛇』の破壊」


 シズが話を打ち切り、フレドは目の前の敵に注意を向けた。


 キメラの原体は、獅子の頭と、山羊の胴体、そして蛇の尻尾を持つ四足獣である。


 一見、獅子の頭が急所に思われがちだが、実はあれは視覚を司る感覚器官にすぎず、真の司令塔はその尻尾だ。


 どんなに肥大化しようと、脳さえ潰せば、生物は殺せる。

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