第6話 料理(1)

「じゃあ見張りをはじめるか」


 フレドはそう言って、胸ポケットから名刺サイズのカードを取り出した。


 半透明のそのカードは『アミ』と言い、フネのレーダーを作るのに使ったクリスタルコウモリの余った羽を材料にしている。


 すなわち、レーダーの子機ともいえる存在で、フネ本体ほどではないが、大まかにモンスターを感知する機能を備えていた。


「ええ。――ちょうど、肉も食べ頃かしら」


 ラブラはそこで意識を大鳥へと向けた。


 血の気を失った羽は、白に近い灰色になり、一見、巨大なニワトリに見えなくもない。


 ラブラは、大鳥の脚を掴み、樹の幹からその巨体を引っこ抜く。


そして、羽も骨も内臓もお構いなしに、ムジャリ、ムジャリと、腹に食らいついた。


「……生のまま食べて、美味いか?」


「変なことを聞くわね。『食べる』ってそういうことでしょ?」


「天使族には料理という概念はないのか?」


「料理? ああ、話には聞いたことがあるわ。冒涜者は身体が弱いからモンスターをそのまま食べられないのよね。不便じゃない?」


「不便か……。確かに、時間効率の面でいえば、料理に手間をかけるのは無駄かもしれない。しかし、料理には衛生上の問題をクリアするという機能だけではなく、娯楽的な側面もあるんだ。一日の終わりに美味い飯が待っていると思うことで、仕事も頑張れる」


「よくわからないわね……。そうだ! そこまでいうなら、こいつを料理してみてよ」


 ラブラは片方しかない羽を忙しげにはためかせ、食べ始めたばかりの歯形のついた大鳥を、こちらに向けて放り投げる。


「ふむ。やってみよう――といっても、即席の設備と材料では大したことはできないからあまり期待しないで欲しいんだが……。ともかく、水は出せるか?」


「もちろん。この森に来る前の川で、散々水系のモンスターを食べたもの」


「よし。じゃあ、この容器に水を入れて、沸騰させてくれ」


 フレドは、腰の辺りにあるポケットから筒状の物体を取り出して、地面へと広げる。


 圧縮されていたそれは空気を取り込んで瞬時に膨張し、直径一○メートルほどの円筒形へと変貌した。


 爆裂フグという飛行系のモンスターの皮から出来たこの容器は、主に雨水採取などに使うが、多少の耐熱性はある。というか、この世界の雨水は大抵汚染されており、毒はもちろん、熱や酸をもった雨が降ることも稀ではないので、ある程度の強靭さがなくては使い物にならないのだ。


「任せなさいよ。今、火の力を取り込んだばかりだから、瞬殺してあげるわ!」


「ちょっとま――」


 フレドが止める間もなく、ラブラが魔法を発動する。


 ジュババババババーン!


 爆音が轟き、容器が木っ端微塵に吹き飛ぶ。


 左手から生み出された激流と、右手から生み出された灼熱がぶつかり合い、水蒸気爆発を起こしたのだ。


「な、なによ! あんたの出した器が脆いのが悪いんだからね!」


 ラブラは顔を真っ赤にしてそう逆ギレした。


 しかし、ちらちらとテントの方を横目で見たり、羽をしおれさせたりしているところを見ると、内心反省しているらしい。


「まあ、容器は消耗品だ。代わりはある……が、あまり無駄遣いはしないでくれ。戦闘とは違うんだ。赤子を扱う時のような心持ちで、一つずつ丁寧に工程をこなして欲しい」


 フレドはそう言って、新しい器をポケットから取り出した。


 料理というものは、フネ造りと似ている。


 素材の特性を理解し、仮説と実験に基づいたデータから得た理論を当てはめ、アウトプットする。自らの知識と技術に誤りがなければ、結果が裏切ることはない。


 少なくとも、一見、システマチックに見えて、その実、不合理な妄執に支配されている軍の組織と比べれば、よほど好ましい。


「わ、わかったわ」


 ラブラが再び魔法を展開する。


 今度は上手く熱湯を沸かすことができた。


 フレドは、大鳥をかついで、静かに器の底へと沈める。


 十分ほど経ってから、近くに落ちていた木の棒にひっかけて、大鳥を取り出す。


 火耐性が高いモンスターなので、普通の鳥よりも長めに茹でた。


「よし。次は羽をむしるぞ」


 そう言って実演してみせる。


「そのまま食べられるのにめんどくさいわねえ。私もやらなきゃいけないわけ?」


 ラブラが気だるげに大鳥に手をかける。


「料理っていうのは、自分でやった方が美味いんだよ」


 その姿を確認すると、フレドは踵を返した。


「って、あんた、どこに行くのよ!」


「付け合わせのソースに使えそうな果物を取ってくる」


「ソースってなによ!」


「食えば分かる!」


 フレドは、レーダーと連動したカード――アミを『サバイバルモード』に切り替え、目標を物色する。


 気候の狂ったこの世界では、一つの森の中に、一年を通して春夏秋冬が混在しているので、探せば食用の植物も見つからないことはないだろう。


 案の定、半時もしない内に、野生のキイチゴやハーブの類を発見することができた。


 虫型のモンスターに汚染されてないことを確かめてから、必要量を採取してキャンプへと戻る。


「あっ! やっと帰ってきた! 私にばっかり働かせて、どういうつもりよ!」


 ラブラが不満げに唇を尖らせる。


 そう言いつつも、しっかり羽を毟る作業は終わらせていた。


「ここから先は全部俺がやるから、それでつり合いは取れるだろ」


 フネの備品格納スペースから、腕部補修用の金属棒を取り出して、それを大鳥の肛門から串のように刺す。


 キャンプ用の発火装置を起動し、軽く皮の表面にある産毛を焼いてから、解体に入る。


 得物は、本来は悪路を切り開く用の鉈だ。


 手羽、モモ、ムネ。内臓は――さすがに野生のものを食べるのは感染症などが怖いので、スルーしておく。どのみち、クセの強いこの大鳥――ファイアバードの内臓をおいしく調理できるだけの調味料はもってきていない。


「はえー。器用なもんねえ。あっ、その内臓、捨てるなら私にちょうだい!」


 ラブラが、フレドの捨てた内臓に犬のようにむしゃぶりつく。


 天使族は食物の摂取が冒涜者に比べてより生死に直結しているせいなのか、食事に対する執着がすごい。それは喩えるなら、フレドたちが水中で酸素を求めるような必死さで、食べるよりは『貪る』という表現がしっくりくる光景だった。


 もちろん、それは文化の違いにすぎず、悪い事だとは全く思わない。でも、フレドは、おいしい物を食べる悦びを知らないで生きるのは、やはりもったいないと感じる。


 その想いを形にするため、フレドは黙々と調理を続けた。


 手羽の部分はシンプルに塩と香辛料だけ。


 ささみはハーブと組み合わせてサラダに。


 胸肉は、持ってきていたラードで揚げてカツに仕上げた。


 濃厚そうなモモ肉は、キイチゴと砂糖のソースをかけて、デザート風にする。


「できたぞ」


 さきほどファイアバードを湯通しした器のお湯を捨て、ひっくり返してテーブル代わりにする。その上に使い捨ての薄紙を敷き、皿もなしに豪快に料理を並べていった。


「もう食べてもいいのね !?」


 地面に胡坐あぐらを掻き、手持無沙汰にファイアバードの腸をチュパチュパすすっていたラブラが跳ねるように立ち上がる。


「ああ。俺の好みに合わせて味付けしたから、口に合わないかもしれないが――」


 フレドの懸念をよそに、ラブラは手羽を掴んで口へと運ぶ。


「なにこれー! なにこれえええええええええええええええええええ! おいしい! おいしすぎるううううううううう! これはカリカリだし、そっちのはふわふわでまったりしてるし、本当に同じ鳥からできたものとは思えない!」


 瞬間、片方しかない羽をしきりにはばたかせ始めるラブラ。


 左右で均衡のとれないエネルギーは行き場を失い、彼女の身体に円弧を描かせる。


 テーブルの周りを無駄に周回しながら、ラブラは目にも止まらぬ速さで料理を平らげていった。


「……満足してもらえたようでよかったよ」


 フレドはそう呟いて、微笑を浮かべる。


 自分の作ったものを誰かがおいしそうに食べてくれるというのは、やはり嬉しい。

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