第4話 フネ

「ふーん。これが、フネの中かあ。あっ! これ、もしかして、レインボーカメレオン?」


 ラブラは目を輝かせてフネの中を見渡す。


 好奇心と拭い去れない警戒感に折り合いをつけるように、エネルギーパイプとして利用しているパーツを人差し指で突く。


「ああ。レインボーカメレオンのパーツは、色んな生体部品との適合率が高いから便利なんだ。それにしても、加工してあるのに、よくそれだけでレインボーカメレオンの物だと判別できたな」


「ふふん。いっぱい勉強したからね」


 ラブラはそう言って、誇らしげに口の端を歪めた。


「……天使を動力源にするなんて本当に大丈夫なんだろうな。フネを動かした途端に『ボカン』なんてボクはごめんだぞ」


 シズが今日何度目かわからない不安を漏らし、身を縮こまらせて観測台――フレドの後ろの一段高くなったスペースにある席に腰かける。


 彼女が頭を突っ込んだのは、逆さにしたバケツのような空洞――観測用モニタだ。


 三六○度周囲を見渡せるクリスタルゴーレムの頭に、デスホーネットの複眼を組み合わせてできたモニタは、遠距離にも近距離にも対応した万能型である。しかし、その操作には、総数二○○○にも及ぶ複眼からもたらされる情報を瞬時に処理しなければいけないという、いわば究極のマルチタスクともいえる技能を求められるため、並の兵士には操作不能な逸品であった。


「理論的には、少なくとも爆発はありえない。とはいえ、本物の天使で実践するのは初めてだからな……。安全のため、試運転をしたい。どちらか、俺の前にある筒に入ってくれるか?」


 フレドはそう言って、船体の上半身と下腹部を斜めに貫く円筒形の空間、通称シリンダーと呼ばれる機構を指さす。


「どちらかでいいの? 私たち二人が入る必要はないのね?」


「ああ。さっきも言ったが、お前たちにはフネの動力源になってもらうと同時に攻撃士を担当してもらうからな。一人の奴に担当してもらった方が、エネルギーの流れの伝達がスムーズになると考えている。お前たちの身体に負担がかかることが予測できるから、こまめに交代できるように二人来てもらった」


「お嬢様! 私にその役目をお任せください! 何があるかわかりませんから!」


「私が行きたいって言ったんだから、イネルスにそんな危険なことはさせられないわ」


 ラブラはイネルスの申し出に首を横に振ると、さっさと筒へと身体を滑り込ませる。


「よし。両横に空間があるな? そこに腕を突っ込め。それで、このフネの両腕と兵装が操作できる。細かなボタンの説明は後でする」


「わかったわ。――うわっ。なんか、腕を入れた瞬間、身体になんか張り付いてきたんだけど!」


 ラブラの首から下の部分に、青い液体が充填されていく。


「エネルギーロスを減らし、密着性を高めるために、スライムジェルを採用している。長時間の稼働も考慮して、クッション性にも配慮したつもりだ。細かな硬度は調節できるから、不満があればいってくれ」


「うーん。まあ雲だと思えば、柔らかくて悪くないかも?」


 ラブラが微妙な表情で小首をかしげる。


「よし。なら、とりあえずはそのままでいく。――っと、最後は俺だな」


 フレドはそう呟くと、直立の姿勢のまま、手慣れた動作で、壁面をいじった。


 床の一部が溶解し、ズブズブとフレドの脚を呑み込んでいく。


 やがて足が底につく。


 続けて、同じく半液体状になった壁面の一部に腕を突っ込んだ。


 傍からみれば、磔にされた聖人のような格好に見えるかもしれない。


 その両腕は羽と連結されており、脚はフネの脚部と連結している。


 つまり、これによりフネの移動全般のコントロールが可能になるのだ。


 位置関係的には、上から順に、シズ、フレド、ラブラとなる。


「あの、私は……」


「ラブラの足下――人でいえば尻の部分に、物資の積載スペースがあるから、そこで待機していてくれ。シートベルトを忘れずにな」


 手持無沙汰にしているイネルスにそう声をかける。


 イネルスは無言で、ラブラの足下に身体を収めた。


「準備はできたな。起動する!」


 タタタンタンと、タップを踏むようにフレドは足を鳴らした。


 その振動が機体全体に伝播し、フネを覚醒へと導く。


 ジゥジゥジゥと、息をひそめる獣のような呻きを上げて、フネはスタンバイ状態へと入った。


「うっ、な、なんか、これ、ウゥん、ヒィヒャン!」


 ラブラは、目をぎゅっと瞑ったり、唇を尖らせたり、子猫のような声をあげる。


「大丈夫か? 痛みなどがあればすぐに停止するが」


「い、痛くはないけど、なんかくすぐったいわ! あっ、でも、なんかちょっと気持ちいい! ンンン! あぁん!」


 ラブラが小刻みに頭を震わせてもだえる。


 その感覚の一部が、フレドにも流れ込んできて、悶々とした気持ちにさせられた。


「ふ、ふむ。ともかく、試運転を続けても問題ないな?」


「ええ! いいから続けなさい!」


「行くぞ!」


 ラブラの言葉を受けて、フレドは溜まったものを吐き出すかのように一歩踏み出す。そのまま数歩の助走の後、ボクサーは空に飛び上がった。


 テスト飛行に丘を周回する。


「すごい! 本当に飛ぶのね! あんな大きな木偶の坊が空を飛ぶなんて信じられなかったけど、こんなに滑らかに動くなんてすごいわ!」


 ラブラが早口でまくしたてる。


 彼女の脈拍数の上昇に合わせて供給量を増したエネルギーと、無意味に振り回される両腕がフネのバランスを乱した。


「ちょっと興奮を抑えてくれ! エネルギーの放出量が多すぎて、コントロールが乱れる!」


 フレドは、羽の角度を調整し、必死に機体のコントロールに努めた。


「こ、興奮なんかしてないわよ……」


 ラブラは顔を赤くしながら俯く。


 彼女のクールダウンに伴って、機体も落ち着いてきた。


 どうやら天使族というものは、感情の変動に合わせて、出力が上下する生き物らしい。


 これも、天使族の遺骸を利用しているだけでは、得られなかった知見だ。


 それにしても――


「俺の理論通り、エネルギー効率は段違いだな」


 体感で、従来の三倍~六倍くらいのパワーがあるだろうか。


 これならば、かなり『無茶』な動きにも耐えられそうだ。


「でも、これ安定性がなさすぎて、フレド以外じゃ操縦できないんじゃないか?」


 シズが訝しげに呟く。


「そんなことはない。きちんと教育プログラムを組めば……、まあ、今の軍部の奴らには無理か」


 確かにシズの言う通り、常に一定量のエネルギーを供給する通常のエンジンに比べると、不安定なのは否めない。


 しかし、それは同時に、今までのフネにはない緻密な出力の調整ができる可能性を示唆していた。


「それで? 私の武器は? どうやって使うの?」


「ああ。小指と薬指を同時に握ると、近距離兵装が出る。右がブレード、左がシールドだ。中指と人差し指を握りこむと、右腕が中距離兵装のアサルトライフルに切り替わる。これは、安定射撃するために左腕で支えるようにして扱ってくれ。弾は実弾とエネルギー弾の二種類ある。親指を曲げると、遠距離兵装のスナイパーライフルになるが……これは、観測手のシズとの連携が必要だし、追々でいい。また、無闇に武装を展開するのは控えてくれ。熱や音に反応してモンスターを引き寄せ――」


「わあ! 本当に出た! これさえあれば、私も戦えるのね!」


 ラブラはフレドの言葉が聞こえていないのか、聞こえていても無視しているのか、アサルトライフルへと変わったボクサーの右腕をブンブンと振り回す。


 まるで、玩具を与えられた子どものような仕草だ。


 バ、バ、バ、バ、バとばらまかれたエネルギー弾が、周辺へと無秩序に振りまかれる。


 瞬間、にわかに丘の右方にある草むらがざわめいた。


 吸血バッタ、発火ネズミ、ポイズンワーム。


 心地よい隠れ家を荒らされた小型のモンスターが飛び出してくる。


「わわわ! なんか出てきたああああああ!」


 ラブラが焦ったように叫び、銃口をモンスターへと向けるが、照準もまともに定まっていない射撃の命中率は、当然ながらに低い。


 そうこうしている内に、モンスターがこちらへと肉迫してくる。


(ふう。あらかじめ目についた中型以上のモンスターを掃討しておいて正解だったな)


 フレドは小さくため息をつく。


 現在、この近くに脅威になるほどのモンスターはいない。


 この程度の小型モンスターならば、最悪、フネなしで生身だとしても対応できる範囲だ。


「ブレードに切り替えて、正面に構えたまま、動かずじっとしていてくれ」


「わ、わかったわ」


 ラブラがブレードを正面に構えた。


 発火ネズミとポイズンワームは踏み潰す。


 跳ねた吸血バッタは、上半身を回転させ、ブレードで処理する。


 斬るというよりは、身体ごと『当てる』といっていい動作で、モンスターを処理していく。


 数瞬の内に、フレドたちの周りに、血と体液がまき散らされたスプラッタ的な光景が出現した。


「すごい……。『フネ』ってこんなに簡単にモンスターを倒せるのね。さすがに、天使族が苦戦するだけあるわ」


 ラブラはごくりと息を呑み、感心と恐怖が入り混じった声音で感想を漏らす。


「なあ、フレド。こいつ、本当に大丈夫なのか?」


「その内慣れる……だろう。多分」


 不安そうに呟くシズに、フレドは自信なさげに答えた。

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