第二章「なんでもいうこと聞いてくれる?」

第22話 ポッキーちゃん

 とある休日。


 俺は朝から繁華街にある大型書店へとこっそり足を運んでいた。


 別段、本好きというわけではない。


 強くなるために武芸書やスポーツ科学系の本を読むことはあるが、読書という行為自体に関して特に好き嫌いという感情は持っていなかった。


 むしろどちらかというと、本を読むより身体を動かす方が性に合っている体育系だ。


 そんな、特に本好きでもなく、他に趣味と言える趣味もない俺だが、今日だけは特別なのだった。


 自分でもわかるほどに珍しくうきうきしながら、大型書店へと続く貫くエスカレーターを上がると、わき目も振らずに新刊コーナーへと足を向ける。


 幸い、お目当てのものはすぐに見つかった。


「まぁこれは見つかったというか――」


 捻じれたタワーのように螺旋を描きながら、何十冊も何百冊も同じ本が積みあげられていれば、否が応でも目に入ってくるというか。


 本好きにとっては、村上春樹などのビッグタイトル発売時にはお馴染みの光景らしい。


 店頭の一番目立つ売り場で、圧倒的な存在感を見せつけて耳目を集めるその威容は、もはやこのブックタワーそのものがある種の芸術へと昇華されたと言っても過言ではないだろう。


 それはさておき、実は今日買いに来たのは――まぁなんだ。

 いわゆるアイドルの写真集というものである。


 俺のお気に入りアイドルの初写真集が、今日発売されたのだった。


 『限定! 直筆サイン入り! 少量入荷しました!!』


 そんな可愛らしいポップに飾られた一冊をさっそく手に取ると、まずは軽く眺めてみる。


 もちろん購入するので、帰宅してからいくらでも好きなだけ鑑賞することはできるのだが、俺ははやる気持ちを抑えきれなかったのだ。


 1ページ目。

 開いたそこには、見開き丸々使っての撮り下ろしのグラビア。


 キュートすぎるつぶらな瞳に、毛先のふんわり感まで綿密に計算された愛らしいカット。


 上目づかいで可愛く見上げる「千年で一番かわいい」「ミレニアム・ワン」とも評されるその必殺のキメポーズは、現代におけるミロのヴィーナスの如し――!


「さすがポッキーちゃん……マジ可愛い」


 天使過ぎるその上目づかいを見て、思わずほっこり笑みがこぼれた俺だった。


 そしてこのページの左下のスペースにはサインが入っている。


 掌マークのいかにもアイドルといった可愛らしいサインだ。 


 しかもなんと直筆である。


「これはもう家宝にせざるを得ないよな、常識的に考えて」


「うんうん、わかる、可愛いよねポッキーちゃん。この上目遣いは反則だよ」


「だよなぁ。斜め45度や、見返り姿ももちろん可愛いんだけど、やっぱこれ。このあざとく見上げる角度が一番だよなぁ。結局、狙ってると分かっていても、可愛いものは可愛いんだよ」


「ほんと可愛いよね」


「まったくだ。さすが5年連続日本一は伊達じゃない」


「最近CMでもよく見かけるよね」


「夏には単独イベントが企画されてて、近いうちにレギュラー番組も始まるらしいし、嘘かまことか、ハリウッドからオファーがあったとかなかったとか」


「ふえぇ、そうなんだ。にしても詳しいんだね。なんか意外かも」


「こんなもんファンなら当たり前――」


 ん……?


 今日俺は1人で来ていたはずだが、いったい俺は今、誰と会話をしていたんだ?


 ふと、隣を見ると、


「ユウトくん、おいっすー」

「……」


「ユウトくん、おいっすー」

「……」


「おいっすー、って、どしたの、ユウトくん?」


 そこにはなぜか愛園マナカがいたのだった。

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