第13話 愛園マナカの家庭の事情

 その日の夜。


「ここも異常なし、と」


 俺がトレーニングも兼ねたランニングしながらの定期巡回をしていると、


「わんばんこ~」


 昼休みに散々聞いた、可愛いけれど、どこかほんわか間の抜けた声がして。


「てへっ、来ちゃった」


 そうして現れたのはもちろん愛園あいぞのマナカ。


 言いながらてへぺろするマナカは大変可愛らしかったんだけど。


「来ちゃった、じゃねーよ。今何時だと思ってんだ? 昨日もそうだが、子供が外出していい時間じゃねーぞ」


「ユウトくんだってわたしと同い年じゃんか……」


「俺は強いからいいんだよ。むしろ戦う力を持っている以上、何もしないで見過ごす方が、人の道にもとるだろう」


「そういう男の子のくせに休み時間、質問攻めにあって助けを求めたわたしを完全知らんぷりしたよね」


「俺は自力でどうにかできる奴までは、わざわざ助けないだけだ」


「もう、ああ言えばこうゆう……これじゃ、ああ言えばこうユウトくんだね!」


 ふんす!とドヤ顔のマナカ。


「なんだ、それで上手く言ったつもりか? あのな。必要以上の助力ってのは、助けた相手を堕落させるだけであって、結局その人のためにはならないもんなんだよ」


「あ、それ知ってる! 情けは人のためならず、ってことわざがあるもんね」


「それは有名な誤用だからな? ちゃんと分かってて言ってるんだよな? マナカと話していると、色々と不安になってくるんだけど」


「わたし思うんだけど、誤用が有名になるってことは、つまりもう誤用のほうが正しい日本語なのではないでしょうか?」


「だめだこいつ、早く何とかしないと……。とりあえず話を戻すけど、俺は《正義の味方》だ、だからいいんだよ」


「《正義の味方》カッコいいね!」

 マナカが超絶露骨なヨイショをした。


「……あのな、マナカ。つまり俺が言いたいのは、だ。こんな時間まで年頃の女の子が出歩いてたら、家の人が心配するだろうってことだ。ただでさえ可愛いんだから、何かよからぬ事件にでも巻き込まれたらどうするんだ。リスクの高い行動は、極力減らすべきだ」


「ほわ……可愛いって」

 俺が優しく説明してやったにもかかわらず、なぜか照れ照れするマナカ。


「なに照れてんだ。俺は真面目な話をしているんだぞ」

 これはあかんと、今度は少しドスをきかせた声で脅すように言ってみたのだが、


「あ、それなら大丈夫。うちって父子家庭なんだ。お母さんはわたしが幼いころに病気で亡くなっちゃって」


 返ってきたのは、そんなマナカの身の上話だった。


「っと――悪い」


「え? あ、ううん、全然。もう慣れちゃったしね。それにお父さんがお母さんの分まで一生懸命育ててくれたから」


 そう言ってほほ笑むマナカは、大切な人との別離をのり越えた大人の表情をしていて。


 マナカの、時にずけずけと人の内心にまで踏み込んでくる強さの一端が、そこにあるのかな、とふと思った。


「でね、お父さんは大学の教授せんせいなんだけど、最近は泊まり込みの研究が続いてるから、晩ご飯とか着替えとか持って行ってあげてるの」


「だからこんな時間にうろついてるのか」


「お父さん、中学まではわたし優先で色々なこと我慢してくれてて。わたしが高校生になったから、やっとお父さんがやりたいことを研究できるようになったんだ。だから今度はわたしが、お父さんの研究を少しでも手伝ってあげられたらな、って。わたしはそう思うのです」


「そっか……マナカは、優しい子なんだな」

 それは思わず口をついた俺の本心だった。


 可愛いだけでなく何ていい子なんだ。

 そりゃ人気もでるだろうさ。


 いろいろと話してみて、心底納得がいったよ。

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